人体が本来もつ宿主防御機構の解明に繋がる成果
横浜市立大学は4月23日、同大大学院医学研究科 微生物学の梁明秀教授、宮川敬助教らの研究グループが、京都大学・東京大学・国立感染症研究所・シンガポール国立大学との共同研究により、エイズの原因となるヒト免疫不全ウイルス(HIV)の感染性を軽減する細胞側因子を新たに同定し、その分子機序を明らかにしたと発表した。同研究成果は、英科学雑誌「Nature Communications」オンライン版に4月22日付けで掲載されている。
画像はリリースより
研究グループは、新規の抗ウイルス薬の開発に向けて、人間が細胞内にもつ「生体防御因子」の活性化を試みている。HIVに対する生体防御因子の1つとしては、APOBEC3G(A3G)と呼ばれるタンパク質が知られている。HIVは感染細胞内で自らを複製するためにウイルス遺伝子をRNAからDNAへと逆転写するが、A3Gはその際にウイルス遺伝子に過剰に変異を入れるなどして、HIV複製を抑制する。
その一方でHIVは、A3Gを不活化するために、Vifと呼ばれるウイルスタンパク質をコードするアクセサリー遺伝子を進化の過程で獲得。Vifは感染細胞内でA3Gをユビキチン化することで分解に導き、ウイルスの複製を助ける。そこで同研究グループでは、VifのA3Gに対する働きを弱めることができれば、人が本来持つ生体防御機構が回復し、HIV複製を抑えられるのではないかと考えたという。
Vif–A3Gを抑制する新しいタイプの治療薬開発に期待
これまでの予備実験で、細胞にストレスを与えるとVifの働きが一時的に弱まることが判明。そこでこのストレスを感知する情報伝達タンパク質群に着目し、ASK1と呼ばれるストレス応答因子がVifに特異的に結合することを見いだしたという。
ASK1はVifのBC-Box領域と呼ばれる部分に結合することが推測されたが、この領域はVifがA3Gを分解する際に必要な補助因子であるElongin B/Cの結合に重要な場所。そこでASK1を発現させた細胞で、Elongin B/CのVifへの結合を調べたところ、両者の結合が失われたことから、ASK1がVif–Elongin B/Cの結合を競合的に阻害することで、Vifの機能を失わせる因子である可能性が示唆されたという。
次に、ASK1を過剰に発現させたT細胞にHIVを感染させたところ、ウイルスの増殖が阻害。この細胞ではVifが存在するにも関わらず、細胞内のA3Gが分解されておらず、またウイルス遺伝子に多数の不活化変異が見出されたことから、ASK1はVifを阻害してA3Gの抗ウイルス活性を亢進させることが分かったという。
さらに研究グループは、既存の抗HIV薬(逆転写酵素阻害剤)の1つであるアジドチミジン (azidothymidine, AZT) がASK1の発現を増加させることを確認。AZTを添加したT細胞では、ASK1の発現上昇とともにVifの活性低下が見られたという。このことから、AZTには本来の作用だけではなく、ASK1を介したVifの機能阻害という予想外の作用があることが明らかとなった。
研究グループは今後、ASK1のVif結合領域を模倣したペプチドや化合物、さらにはASK1の発現を誘導する化合物などを探索することで、ウイルス–宿主間相互作用(Vif–A3G)を抑制する新しいタイプの治療薬開発へ展開させたいとしている。
▼外部リンク
・横浜市立大学 研究成果