理解が進んでいなかった脳の変化
産業技術総合研究所は1月7日、脳損傷で失われた運動機能を肩代わりする脳の変化を明らかにしたと発表した。この研究は、同研究所ヒューマンライフテクノロジー研究部門システム脳科学研究グループの村田弓研究員、肥後範行主任研究員と、理化学研究所ライフサイエンス技術基盤研究センターの林拓也ユニットリーダー、尾上浩隆グループディレクターが、自然科学研究機構 生理学研究所の西村幸男准教授、伊佐正教授、京都大学 霊長類研究所の大石高生准教授、浜松ホトニクス株式会社 中央研究所の塚田秀夫センター長らの協力により行ったもの。この研究成果は、米科学誌「Journal of Neuroscience」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
脳卒中をはじめとする脳の損傷は、深刻な社会問題となっており、リハビリによる機能回復の効率化が極めて重要な課題となっている。近年、脳の回復メカニズムに基づいた新しいリハビリが注目を集めているが、脳の変化の理解自体が進んでいなかった。
産総研はこれまで、脳機能回復・支援技術の研究開発を行ってきた。一方、理研では、脳活動計測技術とその解析法に強みを持っており、両者の強みを生かして、手の運動機能回復に重要な役割を持つ脳活動の変化を研究したという。
損傷した領域の機能を補う活動領域の変化
同研究グループは、モデル動物を用いて、大脳皮質から筋肉へ運動の指令を出す中心領域である第一次運動野の、手の運動機能を担う領域に局所的に損傷を起こさせた。この第一次運動野は、損傷すると回復が不可能と考えられていたが、積極的なリハビリの結果、約1か月後には手先の器用な運動機能が回復したという。同研究グループは、このリハビリによる機能回復の過程で、損傷した第一次運動野の機能を補うため、脳に何らかの変化が生じたものと考えた。
そこで、陽電子放出断層撮影(PET)を用いて、手を用いた器用な動作を行っているときの脳活動を調査。第一次運動野の損傷後、リハビリにより器用な動作が回復した時点で脳の活動を計測したところ、損傷前と比べて損傷した第一次運動野の活動は減少していたが、損傷前よりも活動が上昇した領域が複数認められたという。
さらに、今回認められた脳活動の変化が、機能回復に貢献しているかを調べるため、回復直後と回復安定期に、薬剤(ムシモール)を用いて運動前野腹側部と損傷近くの第一次運動野の活動をブロックした。すると、手の運動障害が再発したことから、これらの領域の脳活動の変化が、損傷した第一次運動野の手の運動機能を担う領域を肩代わりしていることが確認された。リハビリによる運動機能の回復過程で、損傷した領域の機能を補う新たな運動指令を伝える経路が確立された可能性があるという。
産総研は今後、このような知見をリハビリに関わる医療技術者に提供、新たなリハビリ手法や脳電気刺激療法、リハビリ促進薬剤の開発、リハビリ効果の評価法の開発に貢献するとしている。(遠藤るりこ)
▼外部リンク
・産業技術総合研究所 研究成果