同社は、2004年にIT創薬を手がけ、今年で10年を迎えた。東大先端研と興和の3者による共同研究では、癌標的蛋白質に対してコンピュータ上で148個の化合物を設計し、二つのヒット化合物を得た。未来医療開発センター研究開発統括部バイオIT開発部マネージャーの紙谷希氏は、
「失敗の繰り返しだった。製薬企業からも認めてもらえる成果」と胸を張る。
新規化合物を設計し、精度の高い活性予測を実現できたのは、スパコンによる恩恵が大きい。理化学研究所が汎用スパコン「京」を開発したのを契機に、創薬研究でも高い計算能力を使えるようになったからだ。
旧計算機では、化合物と標的蛋白質の結合部位を検出、結合の強さなどを算出する際に、体内で原子の揺らぎを引き起こす水分子の影響まで計算できなかったため、実験で得られた活性値と予測結果で大きな誤差があった。
スパコンを活用することで、原子と原子の相互作用を確認でき、標的蛋白質のどこを狙うか論理的な創薬戦略を立てられる。実際に、共同研究で得たヒット化合物は、実験結果とほぼ同等の阻害活性値を示した。
松本氏は、「先端研との共同研究を開始したときは、30マイクロモーラーの活性を持った化合物のヒット率が3割程度だったが、ここにきて1マイクロを切る高活性化合物を設計できるようになり、ヒット率も上がってきた」と手応えを語る。今後は、興和主導による実験を通じてヒット化合物を改良し、選択性なども検証しながら、活性・物性を向上させる方向だ。
ただ、IT創薬の課題はまだまだ山積している。標的蛋白質の結晶構造が利用できるのが前提であること。それをクリアしても、体内動態に近づけた予測を可能にするためには、「まだまだ速い計算機が欲しい」(松本氏)という。
さらに、スパコンで新規化学構造を設計しても、実際に合成できない場合もある。解決策としては合成化学者の経験に依存するところも多く、「IT側も経験値を積み上げていくことが必要」という状況だ。
IT創薬をリードする米国では、化学者のDE・シ
ョー氏が分子動力学計算専用のスパコン「アントン」を独自に開発し、そこに、米マイクロソフト社創業者のビル・ゲイツ氏やグローバル製薬大手、製薬・バイオ研究ソフトウェア世界最大手「シュレーディンガー」社が連携。京の数倍のスピードを誇る計算能力を武器に、昨年にはITから生み出された新規化合物2剤が第II相試験に入るなど、日本のはるか先を行く。
松本氏は、「低分子創薬の可能性を広げ、毎年なんらかの成果を発表できるようにしたい」と述べ、国内でIT創薬を牽引する構えだ。