遺伝子変異によらないがん化の機構を解明
京都大学iPS細胞研究所および同大学物質-細胞統合システム拠点、科学技術振興機構は2月14日、大西紘太郎大学院生、蝉克憲研究員、山田泰広教授らの研究グループが、遺伝子変異によらないがん化の仕組みを解明したと発表した。生体内において細胞を不十分なかたちで初期化すると、がん形成が促されたという。この研究成果は米国時間の2月13日、「Cell」誌に掲載された。
iPS細胞とがん細胞は、無限に増殖する能力をもつ点で共通の性質をもっている。また、うまく初期化できなかった細胞ができてくる過程には、がんが形成される過程と似た部分がある。初期化の際に分化した体細胞で起きる無限増殖、自己複製能の獲得、遺伝子の働き方における変化は、がん形成の過程においても重要なイベントである。研究グループでは、こうした類似性に着目し、これまで研究がなされていなかった、初期化に失敗した細胞の検証を行っている。
(画像はプレスリリースより)
不完全な初期化で腫瘍形成、エピゲノムの変化を確認
研究グループは、抗生物質の一種であるDoxycycline(Dox)を作用させると、4つの初期化因子が働くマウスを遺伝子改変で作製。このマウスに28日間Doxを投与したところ、各種臓器において体細胞がiPS細胞へと初期化され、さらにiPS細胞から3胚葉に分化した奇形腫が形成された。一方で、7日間Doxを投与し、さらにDoxを抜いて7日後に観察するという方法で、生体内における不完全な初期化を起こさせたところ、腎臓をはじめ各種臓器で腫瘍の形成がみられ、奇形腫とは異なる腫瘍形成が確認できたという。
この腫瘍細胞を調べたところ、小児腎臓がんである腎芽腫とよく似た性質を示していたほか、エピゲノムの状態を調べると、もとの腎臓の状態を保持しつつも、部分的にiPS細胞およびES細胞といった多能性幹細胞と似たパターンとなっていることが分かった。
エピゲノム変化でがん形成、がんの新たな治療法開発などに期待
これまでがんの形成には遺伝子変異の蓄積が重要であると考えられてきたが、今回の作製された腎臓腫瘍の細胞は、腎芽腫に非常によく似た性質を示すものの、遺伝子変異は確認されないものであったという。また、研究グループはこの細胞からiPS細胞を作り、腫瘍由来の細胞を含むキメラマウスを作製することも行ったが、このマウスの体内では腫瘍由来の細胞も正常な腎臓を形成したことを確認している。こうしたことから今回の腫瘍形成においては、遺伝子の変異が決定的要因ではなかったことが分かる。
今回の研究を通じて、不完全な初期化が腎芽腫と似た腫瘍の形成を引き起こすことが確認され、ある種の腫瘍は遺伝子変異ではなく、エピゲノムの状態変化によってもがんが形成されることが示された。この事実から、エピゲノムの状態を変化させることができれば、がん細胞の性質を変化させることも可能であると考えられ、将来的にはがんの新たな治療法につながることも期待できるとみられている。
またこの研究においては、ゲノムの変異を起こすことなくエピゲノムの状態を制御する方法としてiPS細胞の技術が用いられた。つまりiPS細胞技術の応用によって、疾患研究に新たな知見をもたらす可能性が示されたといえ、この観点からも注目される研究成果となっている。(紫音 裕)
▼外部リンク
京都大学iPS細胞研究所/京都大学物質-細胞統合システム拠点/科学技術振興機構 プレスリリース
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20140214-2/
Premature Termination of Reprogramming In Vivo Leads to Cancer Development through Altered Epigenetic Regulation
http://www.cell.com/abstract/S0092