細胞のリプログラミング、がんやHIVなどの治療応用も
京都大学 物質−細胞統合システム拠点(iCeMS・アイセムス)は1月24日、特定のDNAに結合する化合物を用いて、細胞の遺伝子発現をコントロールすることに成功したと発表した。これは、杉山弘iCeMS・理学研究科教授らの研究グループによるもの。なおこの研究成果は、英ネイチャーパブリッシンググループの電子ジャーナル「Scientific Reports」に現地時間1月24日付で掲載された。
同研究グループのNamasivayam,Ganesh Pandian研究員らは、細胞の遺伝子ネットワークの異常を修復するツールの開発に取り組み、エピジェネティックな変化によって遺伝子発現をONにするSAHAと、狙ったDNA配列に結合するPIPを結合させることで、32種類のSAHA−PIPと呼ばれる小分子化合物を生み出してきたという。これらにおいては、PIPによってSAHAがDNA上の特定の位置に運ばれ、遺伝子を活性化するものと考えられている。
今回、同研究グループでは、ライブラリ中のまだ機能不明なSAHA−PIPが遺伝子発現にどのような効果を及ぼすのか調べるため、32種類のSAHA−PIPをそれぞれヒト皮膚線維芽細胞(HDF)に投与、DNAマイクロアレイ法で全遺伝子の発現変化を測定した。さらに、発現変動した遺伝子を抽出し、クラスタリング解析の実施も行っている。
その結果、それぞれのSAHA−PIPが別々の遺伝子群を発現上昇させたことが確認できたという。これは各SAHA−PIPのPIPが異なったDNA配列を認識して結合することによるものとみられている。
同研究グループはこれに続いて、発現が上昇した遺伝子にどのような機能や役割があるのかを調べた。すると、SAHA−PIP1は膵臓や内分泌系に、13は神経に、などそれぞれ特徴的な機能をもっていることが明らかになったという。
(画像はプレスリリースより)
PIPとの結合で、特定の遺伝子領域で発現上昇作用を発揮
また、疾患などへの関与が分かっている遺伝子として、インスリン分泌に関わるGRPR、網膜形成に関わるSEMA6A、肥満に関わるKSR2、小脳に関わるATCAYといったものがあるが、これらはそれぞれSAHA−PIP1、13、18、23によって発現が上昇することが確認された。一方、PIPが結合していないSAHA単体では、こうした発現上昇はみられなかったという。よって、PIPとの結合によって、SAHAが特定の遺伝子領域で作用するものとなり、単体では発現上昇できない遺伝子に影響を与えるような働きをするということが示唆された。
遺伝子発現における異常は、さまざまな病気の原因となる。こうした病気に対する治療として、人為的な遺伝子発現制御の研究は、近年大きな注目を集めるところとなっている。再生医療の実現にも期待が高まるが、再生医療においてはある組織の細胞や幹細胞を別の組織の細胞へ転換させる必要がある。よって、エピジェネティックな修飾のコントロールが非常に重要なものとなるといえる。
今回の研究により、異なったDNA認識配列をもつ32種のSAHA−PIPが遺伝子発現にさまざまな影響を及ぼすことが示された。SAHA−PIPは認識配列を事前にプログラム可能なものであり、かつエピジェネティックな遺伝子発現上昇の活性をもつという、特有な分子として注目される。
SAHA−PIPは細胞毒性が低く、安全なものであることも見出されている。こうしたことから同研究グループでは、このSAHA−PIPを人工遺伝子スイッチとして、再生医療における組織細胞の効率的な誘導や、これまで有効な治療法のなかった病気をはじめとする新規治療薬の開発などでの利用が期待されるものであるとしている。(紫音 裕)
▼外部リンク
京都大学 物質−細胞統合システム拠点(iCeMS) プレスリリース
http://www.icems.kyoto-u.ac.jp/common/doc/
Distinct DNA-based epigenetic switches trigger transcriptional activation of silent genes in human dermal fibroblasts
http://www.nature.com/srep/2014/140124/