山口大研究グループが発表
山口大学 大学院医学系研究科 システム神経科学分野の美津島大教授らの研究グループが、脳の海馬内で起こる学習メカニズムを、シナプスの多様な変化としてとらえることに成功した。また、アセチルコリンが海馬内のシナプス連携を多様化させていることも突き止めたという。2013年12月27日、同大学より発表された。
記憶をつかさどる海馬だが、その情報をどのようにデータとして記録するのか、そのメカニズムは不明だった。美津島教授らは2011年に、ラットを用いた実験で、特定のエピソードを学習させ、回避行動を身につけさせたマウスの海馬神経細胞の興奮性シナプスの連結が強化されていることを確認。一方で、学習時に興奮性シナプスの強化を阻止すると、回避学習ができないことを示して、興奮性シナプスの強化が学習成立に不可欠であることを実証していた。
しかしこの時点では、何が興奮性シナプスを強化するのか、引き金となる分子が不明であったため、今回はまずアセチルコリンに着目し、学習前後の分泌量を測定。すると、アセチルコリンは学習中からその分泌量が増加し、学習後も高く維持されることが分かったという。一方、突然ショックのみを与えるなど、エピソード学習のなかった群では、分泌反応が見られないか、一時的なものにとどまったとしている。
(画像はプレスリリースより)
メカニズム解明へ一歩、認知症新薬開発に光
研究グループでは、次に個々の海馬神経細胞について、興奮性シナプスと抑制性シナプスの機能を解析。すると、回避学習は興奮性シナプスを多様に強化するだけでなく、抑制性シナプスも多様に強化することが判明。個々の海馬細胞が複雑かつ多様なシナプスを保持することで、エピソード学習が成立するということが明らかになったという。
さらに、興奮性シナプスと抑制性シナプスのどちらの多様性が、とくに回避学習に関わるのかを検討すべく、薬物の微量注入を行って学習評価を行っている。まず、学習過程に海馬がアセチルコリンを受容するアセチルコリン受容体の一種「ムスカリン性M1受容体」を阻害し、興奮性シナプスの多様性を抑えたところ、回避学習ができなくなった。次に「ニコチン性α7受容体」を阻害し、抑制性シナプスの多様性を抑えると、同じく回避学習ができなくなったそうだ。
このことから、アセチルコリンを引き金とする興奮性シナプスと抑制性シナプスの両方の多様な変化が、学習に必要であることが示されたといえる。
正常な老化の進行でもアセチルコリン分泌量は徐々に低下するが、アルツハイマー型認知症ではエピソード記憶の障害が著しく、海馬アセチルコリンの減少がとくに顕著であることが分かっている。このことは、アセチルコリン分解酵素阻害薬(アリセプト(R))が症状緩和に有効な成績をおさめてきている事実と合致する。
また神経毒性の高いAmyloidβ1-42は、ニコチン性α7受容体に選択的に結合し、伝達を障害することが知られているが、この研究を通して、ニコチン性α7受容体は学習依存的な抑制性シナプスの可塑性を維持することに関与していることが判明したという。
今回の研究における成果は、海馬学習機能のシナプス・分子レベルでのメカニズムの全容解明へとつながるものであり、脳機能の老化防止、認知症の発症を阻止する新薬開発へ道を拓くものとして大きな意義をもつ。なお同研究の詳細は、2013年11月12日付で英科学誌「Nature Communications」オンライン版に掲載されている。(紫音 裕)
▼外部リンク
山口大学 プレスリリース
http://www.med.yamaguchi-u.ac.jp/news/detail/
A cholinergic trigger drives learning-induced plasticity at hippocampal synapses
http://www.nature.com/ncomms/2013/131112/