JST、東京医科歯科大学が発表
科学技術振興機構(JST)課題達成型基礎研究の一環として研究活動を行う、東京医科歯科大学の岡澤均教授らの研究グループが、10月31日、神経変性疾患の脊髄小脳失調症1型(SCA1)の病態に深く関わっている遺伝子を特定したと発表した。研究成果は英科学誌「Human Molecular Genetics」オンライン版に、英国時間10月31日付で掲載された。
脊髄小脳失調症1型では、原因たんぱく質である変異型Ataxin1がどのような分子メカニズムで病態を引き起こすのか、いまだ解明されていない部分が多い。そのため患者の症状改善や寿命を延長させることができるような有効な治療法も確立されていない。
研究グループは、他の神経変性疾患においても注目されるDNA損傷修復機構に着目。遺伝学に優れたショウジョウバエをモデル動物とし、バイオインフォマティクスのテクニックの1つである関連性の高い遺伝子同士を拾い出すネットワーク解析の応用で、SCA1のDNA損傷に大きく関わっている「RpA1」と「Chk1」の2つの遺伝子を発見したという。
(画像はプレスリリースより)
分子標的治療の開発などに期待
岡澤教授らの研究グループは、平均寿命3週間のSCA1モデルショウジョウバエにDNA修復関連遺伝子を発現するショウジョウバエライブラリーを掛け合わせ、多くのDNA修復遺伝子の病態に対する影響をスクリーニング調査した。その結果、8個の遺伝子で寿命延長が認められ、その一方で寿命を短縮させる遺伝子も複数発見されたという。
さらに、BIND、BIO GRID、Cogniaなどたんぱく質同士の結合情報をデータベース化した「たんぱく質間相互作用データベース」やシステムズバイオロジーを用い、これら寿命に関わる遺伝子がそれぞれどのような病態ネットワークを形成しているかを調査した。すると、寿命を延長させる遺伝子では複数のDNA損傷修復機構が機能していたのに対し、短縮する遺伝子ではDNA損傷シグナルが活性化されていたという。そして、それぞれのネットワークにおいて、寿命延長遺伝子としてRpA1が、短縮遺伝子としてChk1が、中心的役割を果たしていることが強く示唆されたそうだ。
そこで、これらをより詳細に研究した結果、RpA1はDNA複製を介したDNA二重鎖切断の修復に関わっていること、またSCA1モデルマウスの神経細胞で、このRpA1を補充すると、DNA複製によるDNA損傷修復が促進されることが判明した。一方、Chk1はDNA損傷修復の不全によって引き起こされる細胞傷害性シグナルを仲介していると考えられた。
なお、RpA1を過剰に発現させると、疾患モデルショウジョウバエの神経細胞におけるDNA損傷抑制が確認され、RpA1の過剰発現あるいはChk1阻害剤で、顕著な寿命延長がみられたとしている。
この一連の研究成果により、SCA1病態におけるDNA損傷の原因として、RpA1の機能阻害があることが分かったほか、Chk1阻害剤により治療効果が得られることが判明した。このことは遺伝子導入や薬剤投与によるヒト疾患患者を対象とした分子標的治療の開発にもつながると考えられる。
また研究手法としても画期的で、発表によると、これまでにこうした生体内スクリーニングとバイオインフォマティクスの融合によって神経変性疾患の分子メカニズムを解明した研究はないという。今後、同様の手法を用いた多くの変性疾患の病態解明が進むことも期待されている。(紫音 裕)
▼外部リンク
科学技術振興機構/東京医科歯科大学 共同 プレスリリース
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20131031/
Human Molecular Genetics : Systems biology analysis of Drosophila in vivo screen data elucidates core networks for DNA damage repair in SCA1
http://hmg.oxfordjournals.org/content/early/2013/