脳の新しい計算原理を提唱・実証
東京大学は7月12日号の雑誌「Science」に、脳の外界情報データベースである「外界の内部表現」(内部表象)が新しい計算原理「前駆コード生成→増殖仮説」により階層的に生成されることを提唱、実証したという、従来の定説を覆す論文を発表した。
(画像はwikiメディアより引用)
同大学医学研究科機能生物学専攻統合生理学分野の宮下保司教授と平林敏行特任講師が発表した。この研究は、科学技術振興機構JST戦略的創造研究推進事業CRESTの一環で実施された。
脳の中での視覚認識
人間は、自分の頭の中に外の世界を写真のようにコピーしているのではなく、「外界の内部表現」と呼ばれる情報データベースをつくって認識している。眼から入る情報からつくられた脳内のデータベースは、脳の領野ごとに階層的に構成されており、高次の領野ほどより複雑な特徴を表象する。
物体を視覚的にとらえる様式は、大脳皮質の内部表現の中でも最もよく調べられており、個々のニューロンの活動測定に基づいて、ある脳領野における視覚特徴の神経表象は、その領野でつくられ、支配的な神経表象になるというのが従来の考え方であった。
低次側から高次側への情報伝達のしくみを解明
今回の発表では、低次領野でいくつかの神経表象の「前駆コード」が生成され、それが高次領野で「増殖」するという、「前駆コード生成→増殖仮説」を提唱。マカクザル下部側頭葉の隣接した領野であるTE野と36野のそれぞれにおいて、複数のニューロンから同時に活動を記録し、図形間対連合の神経表象を生成する神経回路を明らかにすることで、この仮説を実証した。
図形連想を処理する脳内データベース
下部側頭葉は、物体の形状について最終的に情報を処理する部分であり、関連した2つの図形を一つのまとまった「図形間対連合」として表象することが知られている。マカクザルに対になっている図形を記憶させ、低次側であるTE野と高次側の36野において、図形を思い出させる判断中のニューロンの活動を記録し、図形対連合の神経表象を生成する神経回路を調べた。神経回路は、神経活動間の相互相関(互いの発火タイミングに相関関係があるかどうかを見て、ニューロン間の機能的結合を推定する)を計算し、活動を同時記録したニューロン群について、どのように情報が送られているかを調べた。
その結果、低次側のTE野には、個々の図形を表象するニューロンから、図形間対連合を表象するニューロンへ情報を送る神経回路が多く存在した。一方、高次側の36野では、そのような神経回路は見られず、図形間対連合を表象するニューロンが結合し、情報を送る側のニューロンが先に対連合表象を示し、受け取る側のニューロン集団がやや遅れて相互結合を強め、同時に対連合表象を示すようになった。これは、低次側では対連合表象の「前駆コード生成」を行い、高次側でそれを「増殖」することで、支配的な神経表象となることを示している。
階層的データベースの効率的処理方法
このように、隣接する2つの領野における神経回路の比較解析することで、低次側から高次側へ階層的に情報を処理する脳の計算原理が実証された。これは脳のしくみを理解することだけでなく、階層構造をもつ人工データベースの効率的設計にも役立つことが期待される。また、認知過程や記憶過程に関わる様々な神経疾患の解明や研究にもつながる可能性があるだろう。(長澤 直)
▼外部リンク
科学技術振興機構プレスリリース
http://www.jst.go.jp/pr/