医療事故は様々な要因が組み合わさって起こるが、辰巳氏は「どこかで誰かが何か言ってあげたら、また気づいていたのに無視しなければ起こり得なかった事故が多い」とし、医療事故や医療紛争の多くにコミュニケーションエラーが関係していると解説した。
多職種の専門家集団が関わる医療は、自分のパートが終わればそれで仕事は完結するため、全体的な共有認識を持ちづらい。そこで近畿大学病院は、職種を超えた協力関係の構築に向けTeamSTEPPSを導入した。
これは「医療安全の質を上げるために、全職種で共有したい物の考え方」。米国の行政が主導し、空軍や航空業界が2005年頃から導入。現在は全米の病院に広がっている。安価な費用で導入できる上、医療事故の発生を減らす効果があるという。
TeamSTEPPSには、SBAR、ハンドオフコミュニケーション、チェックバックなど様々なコミュニケーションツールがある。例えばSBARは、情報を伝える側が、患者の状況(S)背景(B)だけでなく、評価(A)提案(R)まで、受け入れ側に説明すること。「この薬を変えてくださいと伝えるだけでなく、その理由をひと言足すだけで、コミュニケーションは変わる」と辰巳氏は説明した。
一方、神戸学院大学薬学部臨床薬学部門の上町亜希子氏は、有志の現役薬剤師10人に模擬患者とのコミュニケーションを体験してもらったところ、どの薬剤師も患者のニーズを聞き出せなかったという結果を提示。「患者さんがにっこり笑って帰ったとしても、本当は納得しないまま薬を飲んでいる、あるいは飲んでいないことが想像以上にあるのではないか」と話した。
「患者さんが口に出せなくても、本当は聞いてほしいところまで薬剤師が踏み込めていない。なぜ患者さんがそのような質問をするのか傾聴し、それに応じた情報を提供することでコミュニケーションが可能になる」と強調。「患者さんに寄り添う薬剤師になりたいと願うことと、良いコミュニケーションを行えることは別問題」と述べ、「日常会話レベルではなく、薬剤師としてのプロの会話が求められている」と語った。