総数10万人以上といわれる脊髄損傷患者
九州大学は3月9日、マウスにおいて脊髄損傷の急性期に抗HMGB1抗体を投与すると、血液-脊髄関門の透過性亢進を抑制し、脊髄浮腫を軽減させることを発見したと発表した。この研究は、同大大学院医学研究院の中島欽一教授と、鹿児島大学大学院医学系学府博士課程の上薗直弘4年らの研究グループが、岡山大学大学院医歯薬学総合研究科の西堀正洋教授らと共同で行ったもの。研究成果は「Stem Cells」に掲載されている。
画像はリリースより
脊髄が損傷されると、損傷レベル以下の感覚と運動機能が失われる。国内では年間約5,000人の新規脊髄損傷患者が発生しており、総数は10万人以上といわれる。これまで多くの脊髄損傷モデル動物を用いた再生治療研究がなされており、損傷部の炎症を抑制しさらなる神経回路の破綻を防止する方法や、損傷した軸索の再伸長を促進し神経回路を再構築させる方法などさまざまな方法が試されているが、確固たる治療法の開発には至っていない。 近年、ニューロン、アストロサイトおよびオリゴデンドロサイトへの分化能を有する神経幹細胞の移植による脊髄損傷治療に注目が集まっているが、他の研究報告と合わせて完全回復にはほど遠く、依然方法改善の余地が残されているという。
研究グループは、直接的な損傷(一次損傷)だけでなく、血液-脊髄関門の破綻による浮腫や続発する炎症反応によって激しく破壊を受ける二次損傷を何らかの方法で抑制することで、損傷部ダメージを軽減した上で神経幹細胞を移植すれば、神経幹細胞がより機能的に働くのではないかとの考えに至り、今回、抗HMGB1抗体の投与を選択したという。
損傷領域の拡大抑え、周辺の介在ニューロン死も軽減
その結果、脊髄損傷の急性期に抗HMGB1抗体を投与することで、血液-脊髄関門の透過性亢進を抑制し、それに引き続く脊髄浮腫を軽減させることを発見。これにより損傷領域の拡大が抑えられ、また損傷領域周辺の介在ニューロン死も軽減することから、その後の神経回路再構築に有利に働き、後肢運動機能を回復させることに成功したという。
さらに、急性期の抗体治療に引き続き、ヒトiPS細胞由来神経幹細胞を損傷脊髄に移植したところ、それぞれの単独治療で得られる治療効果と比べ、劇的に高い治療効果を得られることが判明。移植細胞から分化したニューロンが、再構築された神経回路の一部を担い運動機能回復に直接寄与することはこれまで報告されていたが、抗体治療により損傷周辺部の環境を整備することで、移植細胞由来ニューロンが機能回復につながるシナプスを形成する機会を増やしたことがこのような高い治療効果につながったと考えられるという。
今回の研究成果について、研究グループは、「臨床応用を考慮した場合、損傷直後に本抗体を投与することは現実的ではなく、損傷後どのくらいの時間を空けて投与した場合にも有効であるのか、ヒト化した抗体でも効果があるのかなどの検討が必要」と述べている。
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・九州大学 プレスリリース