遺伝子の発現調節に関与すると考えられるDNAメチル化を解析
東京大学は10月17日、孤発性アルツハイマー病患者の脳内において乳がんの原因遺伝子BRCA1の機能異常が生じていることを世界で初めて明らかにしたと発表した。この研究は、同大医学部附属病院神経内科の岩田淳講師、間野達雄特任臨床医らが、東京都医学総合研究所、東京都健康長寿医療センター、理化学研究所、国立がん研究センター研究所、九州大学、筑波大学、新潟大学、愛媛大学と共同で行ったもの。研究成果は、「米国科学アカデミー紀要」のオンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
アルツハイマー病の発症には、遺伝、環境などさまざまな要因が絡み合っていると考えられているが、根本的な治療法の開発には至っていない。アルツハイマー病の病態に迫るためには、亡くなった患者の脳から病気にとって重要かつ異常な情報をどのように抽出して解析できるかが鍵となる。
そこで研究グループは、セルソーターという機器を用いて神経細胞に由来する細胞核だけを取り出す技術に着目。この技術では、神経細胞の細胞質で起こっている異常の多くはわからなくなるが、神経細胞の核の中にある遺伝情報は、失われることがない。今回は、エピゲノム情報の中でも特に遺伝子の発現調節に関与していると考えられるDNAメチル化を解析した。
BRCA1が神経細胞中で大幅に増加、大半は正常な機能失う
その結果、乳がんの原因遺伝子として最も有名な遺伝子「BRCA1」のメチル化がアルツハイマー病の脳で異常に低下していたという。この現象は、BRCA1の量がアルツハイマー病の脳で増加していることを示唆する結果であり、実際にアルツハイマー病の脳からタンパク質を取り出して調べると、BRCA1の量は特に神経細胞の中で大幅に増加していた。しかし、増加したBRCA1は大半が正常な機能を失っており、役に立たなくなっていることが示されたという。
アルツハイマー病の脳には、アミロイドβ(Aβ)とタウの両方が蓄積するが、その蓄積には順序がある。まず、Aβの蓄積が最初に始まり、その状態が10年近く続いた後に、タウの蓄積が広がると考えられている。研究グループは今回、Aβの蓄積のみがみられるアルツハイマー病のモデルマウスと、タウの蓄積もみられるマウスや培養細胞を調べることでAβ、タウ、そしてBRCA1の関係について調べた。その結果、Aβの毒性は、神経細胞のDNAを壊すことを確認。このDNA損傷に対抗するために脳の神経細胞は、DNAのメチル化を変化させることでBRCA1の量を増やし、DNAの修復を行う。これにより、DNAの傷害は最小限にとどまる。しかし、タウが神経細胞内にたまると、BRCA1の働きが障害され、BRCA1の量が増えてもDNA損傷が増加し、最終的に神経細胞の働きを悪くする原因となることが示されたとしている。
今回の研究は、神経細胞が静かに衰えていくと考えられている「アルツハイマー病」と、「がん」という激しく増殖していく疾患の表裏一体性を示した画期的な発見。今後はアルツハイマー病におけるDNAの傷害の効果的な修復方法やBRCA1の機能の改善を目指した研究に発展していくことが期待される、と研究グループは述べている。
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・東京大学医学部附属病院 プレスリリース