生直後に増殖能を失うと考えられていた哺乳類の心筋細胞
大阪大学は5月3日、マウスの心筋炎モデルを用いて解析し、おとなのマウスの心臓においても、心筋炎が自然治癒する過程で心筋細胞が増殖することを世界で初めて明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院薬学研究科の藤尾慈教授らの研究グループによるもの。研究成果は、英科学誌「Scientific Reports」に同日付けで公開されている。
画像はリリースより
これまで、ゼブラフィッシュや有尾両生類では、心臓が傷害を受けると心筋細胞が増殖を開始し、組織の再生・修復がされることが知られていた。しかし、哺乳類の心筋細胞は、生直後に増殖能を大きく失うため、心筋細胞増殖が心筋傷害の再生・修復に寄与することはないと考えられていた。そのため、重症心不全患者の治療として、iPS細胞などの細胞を心筋細胞に分化させ移植する再生治療が研究されている。
研究グループは、ウイルス性心筋炎を発症した患者の多くで心臓の機能が自発的に回復することに着目。哺乳類成体の心臓にも何らかの再生・修復能があるのではないかと考え、今回の研究を行ったという。
人為的に心筋細胞を増殖させられる可能性
研究グループは、マウスの実験的自己免疫性心筋炎モデルを用いて、心臓が炎症から回復する過程の心筋細胞の性質を解析。この心筋炎モデルは、ヒトの場合と同様に、炎症によって一過性に心筋傷害が生じるものの、その後、自然治癒するという性質を有している。
まず、炎症からの回復期に、さまざまな細胞周期マーカーを解析することで、細胞周期が回転している心筋細胞が、心筋組織内に出現することを発見した。また、新生児マウスでは心筋細胞の多くが単核細胞であり、増殖能を有しているのに対し、生後分裂能を失うに伴い、単核細胞の頻度が急激に低下することが知られていることから、心筋炎前後の心筋細胞の核の数をカウントしたところ、心筋炎後に単核心筋細胞の割合が増加することを見出した。次に、もともと存在している心筋細胞に“目印“をつけてその後の経過を追跡する実験を行い、増殖している細胞の多くはもともと心筋細胞として存在していた細胞であることを明らかにしたという。
さらに、心筋炎モデルでは、心筋細胞でシグナル伝達分子であるSTAT3が活性化されていることを確認。そこで、STAT3遺伝子を心筋細胞特異的に欠損させると心筋細胞の増殖が低下するとともに、心筋組織の再生・修復が不十分になり、心臓の機能が低下することを見出した。STAT3は、ゼブラフィッシュの心臓において組織再生・修復を担っている遺伝子のひとつであることから、ゼブラフィッシュ・哺乳類間で心筋細胞増殖メカニズムが保存されていることが明らかになったという。
以上の結果から、心筋細胞が心筋炎病態下で増殖するメカニズムをさらに詳細に検討すれば、人為的に心筋細胞を増殖させる技術を開発できる可能性があり、現在開発が進んでいる心臓再生治療と異なった心不全治療戦略へと発展することが期待される、と研究グループは述べている。
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