がん化耐性動物からiPS細胞を作製できるのか
北海道大学は5月10日、約30年の長寿命で、がんになりにくい体質の「ハダカデバネズミ」から iPS細胞を作製することに、世界で初めて成功したと発表した。この研究は、同大遺伝子病制御研究所の三浦恭子講師、慶應義塾大学医学部生理学教室の岡野栄之教授ら研究グループによるもの。研究成果は、英科学誌「Nature Communications」オンライン版に5月10日付けで掲載されている。
画像はリリースより
ハダカデバネズミは、マウスと同等の約10cmの大きさでありながら、生存期間がマウスの約10倍の約30年という長寿命のげっ歯類。その長い生涯で、腫瘍が極めてできにくいというがん化耐性の特長を持っており、研究対象として世界的に注目されている。
体細胞を初期化することで作製されるiPS細胞は、未分化な状態で細胞移植治療に用いられることはなく、神経や心筋などに分化させた細胞が移植される。しかし、分化させた細胞が移植された後にがん化する、未分化な状態で生体に移植されると腫瘍(奇形腫)を形成する、という2つの問題がある。
正常な体細胞は,がん遺伝子の活性化やがん抑制遺伝子の不活性化といった異常が起こると、腫瘍を形成するようになる。一方、iPS細胞とがん細胞は、半永久的に増殖をする能力があるなど、さまざまな共通点があり、近年、体細胞からiPS細胞への初期化過程とがん化過程にも共通したメカニズムが存在することが明らかになっている。今回の研究では、ハダカデバネズミのようながん化耐性動物からiPS細胞を作製できるのか、また作製できた場合にiPS細胞は腫瘍形成能(奇形腫形成能)を持つのかを検証した。
人間にも応用できるがん抑制方法の開発につながるか
研究グループは、ハダカデバネズミの皮膚から線維芽細胞を作製し、マウスやヒトなど他の動物と同等の方法で初期化に必要なOct4、Sox2、Klf4、cMycの4因子を遺伝子導入して、ハダカデバネズミiPS細胞の作製に成功。ハダカデバネズミiPS細胞は、培養下での多分化能を持つにも関わらず、未分化な状態で生体に移植しても、他の動物のiPS細胞のように腫瘍を形成せず、腫瘍化耐性を持つことが判明した。
また、初期化やがん化を誘導することは、正常な細胞にとってストレスとして働く。がんの初期発生に重要ながん抑制遺伝子の1つであるARFは、これらのストレスに応答して活性化し、細胞を初期化やがん化から守り、ARFによる防御機構を突破した細胞が、iPS細胞やがん細胞になると考えられているため、研究グループは、ハダカデバネズミでもストレスに対する応答性を検証した。
その結果、ARFが抑制されたハダカデバネズミ細胞は、がん抑制機構の1つである「細胞老化」の状態になることが判明。研究グループはこの現象を「ASIS : ARF suppression-induced senescence」(ARF抑制時細胞老化)と命名した。ハダカデバネズミでは、初期化ストレス下でARFが抑制されると、細胞老化によって細胞が増殖を停止するため、対照的に増殖する細胞であるARFの活性化した腫瘍化耐性iPS細胞が選択された、と考えられるという。
今後、ASISの詳細なメカニズムを研究することによって、ハダカデバネズミの体の「がん化耐性」の仕組みが解明され、将来は人間にも応用できる新たながん化抑制方法の開発につながる期待がある、と研究グループは述べている。
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・北海道大学 プレスリリース