「第5回神戸医療イノベーションフォーラム」では、臨床と研究の双方から、多くの最新実例が報告された。中でも注目を集めたのは、遠矢純一郎氏(医療法人社団プラタナス桜新町アーバンクリニック院長)と、中山功一氏(佐賀大学大学院工学系研究科先端融合医工学教授)の講演だった。
地域包括ケアシステムに必要なのは医療者・患者の意識改革/遠矢氏
在宅医療を専門とする遠矢氏は、10年ほど前から「医療崩壊」を実感しているという。入院という病院医療は高齢者たちにとって大きな負担になることが少なくないからだ。高齢化が進んで社会の価値観が変わり、これまでの「病気を治す医療」から「生活の質を考えるQOL」へ、医療モデルをシフトチェンジしていかなければならない。現在、国は地域包括ケアシステムを提唱しているが、これを絵空事に終わらせないためには、医療従事者だけでなく患者や家族も、これまでの「医療でなければ救われない」という固定観念から脱却し、「自分の生活や人生をどうしたいかという意思決定」を大事にしていかなければならない時代にきており、これは歴史的大転換だと氏は強調した。
また、日本は厚労省によると65歳以上の4人に1人が認知症と推計されるほどの認知症大国。しかし、医療でできることには限界があるのだという。検査や薬だけでは、生活の中で起こるさまざまなトラブルを改善することはできないからだ。そこで必要なのが、ケアの力。桜新町アーバンクリニックでは、「初期集中支援」という新しいケアモデルに取り組んでいる。一言で認知症と言っても、その症状は人によってさまざまである。その人にどういう障害があってどういう機能が残っているのかを、生活や暮らしぶりの変化から見極め、どのような支援があれば生活を継続できるのかを判断するのだというのだが、それには人手が必要となるのだ。社会や地域全体で認識を深め、お互い支え合う関係づくりが必要だと考えた遠矢氏は、「認知症サポーター」という取り組みを始めた。これは一般の人が認知症に関する講義を受け、オレンジリングをもらってサポーターになれるという仕組みで、すでに2014年末で580万人がサポーターになっている。「こうした動きによって、やがて作られるであろう『認知症フレンドリーな社会』がさまざまな形で発展し、普通の人々にとっても優しい社会になるだろうと期待し、これからも活動していきたいと思っています」という言葉で講演は締めくくられた。
新たな再生医療「細胞のだんご」と、バイオ3Dプリンタの開発/中山氏
現在、世界では多くの研究者がさまざまなアプローチで臓器を作る研究をしているが、融合性と安全性といった点からも新しい技術を人に使うには多くのハードルがある。そんな中、中山氏が開発したのが「細胞のだんご」である。それは、ひとつの細胞を集めて丸いだんごのような形を作り、それを積み上げて必要な細胞を作るという技術だ。
生きた細胞は集めて置いておくだけで、勝手に集まって「だんご」が形成される。しかし、生きた細胞は乾燥に弱く、その作業はバイオ液などの中で行なわなければならないのだが、ちょっとした振動でも形が崩れてしまう。そこで思いついたのが「串だんご」。だんごを串に刺して並べ、隣同士くっつき合ったところで串を抜くと形が崩れずに細胞ができるというもの。この方法は骨折治療に使うテクニックからヒントを得たのだという。さらに1センチの中に24本の針がある「剣山」も作ったが、あまりの緻密さに手作業は困難となり、3Dプリンタの開発に着手したのだそうだ。
当初は研究費もなかったため、自ら独学でプログラミングをし、寄せ集めの安いパーツでプロトタイプを作成。そこから注目を集めるようになり、本格的なバイオ3Dプリンタが完成し、研究者向けに販売を開始するまでになった。このプリンタを使えば、人の2倍ほどの強度を持った血管や肝臓が作れるという。最近では京都大学からiPS細胞の提供を受け、金属の人工関節の代わりに細胞で関節をすべて作る研究も始めている。将来的には自分の細胞やiPS細胞を使って、ひとつの臓器を作ることも可能になるのではないかという期待がかかる。
各方面からも注目されるようになってきた中山氏の研究は、企業とのコラボなどまだまだこれからも発展し続けていくだろう。
神戸医療イノベーションフォーラム2015レポート
- 臨床と研究の最前線から生まれたプラクティスとは
- 医療ICTの最新事例報告(前編・国内編)
- 医療ICTの最新事例報告(後編・海外編)
- イノベーションを起こす核は何か、そして本当に求められるイノベーションとは