運動習慣が慢性ストレスによる高血圧発症を予防・改善するのかマウスで検証
順天堂大学は2月14日、ラットにストレスを与えるためにほぼ毎日1時間拘束すると、3週間後に安静時血圧が上昇するとともに、扁桃体の遺伝子発現パターンに変化が生じることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院スポーツ健康科学研究科の冨田圭佑大学院生(研究当時、現帝京科学大学講師)、山中航准教授、和氣秀文教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Acta Physiologica」に掲載されている。

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度重なるストレス(慢性ストレス)は、高血圧症をはじめとする心血管疾患やうつ病に代表される気分障害などの発症リスクを高める。ストレス解消のための一手段として、日常的な運動が推奨されており、事実、ストレスに起因したさまざまな病気の予防・改善に有効であることもわかっている。しかし、ストレスによる高血圧発症のメカニズムや運動による予防・改善効果について、その詳細はよくわかっていない。急性ストレスは、扁桃体の活動性を上昇させ、またその情報は、自律神経調節に関わる延髄領域(孤束核や吻側延髄腹外側野など)に投射されることが知られている。さらに、運動習慣により扁桃体ニューロンに変化(可塑性)が生じ、うつ様行動や不安反応性が軽減することも知られている。
そこで研究グループは、慢性ストレスによる高血圧発症においても扁桃体の可塑性が関与し、「継続的な運動は、その一連の反応を抑制する」という仮説を立てた。これを検証するため、今回の研究ではラットの拘束ストレス(1日1時間、週5日間、3週間)が、心血管パラメータ(血圧、心拍数)や扁桃体の遺伝子発現に及ぼす影響ついて測定・解析を行った。さらに、ラットに拘束ストレスを課すものの自発性走運動を行うことができる回転カゴ付きケージで飼育した場合についても同様の測定・解析を行い、ストレスに対する運動習慣の効果について観察した。
ストレスで血圧上昇・扁桃体の遺伝子発現が下方修正、運動でこの遺伝子変動が改善
研究では、若齢ラットを用い、(1)拘束ストレス群、(2)拘束ストレス+運動群(ストレス群と同条件でストレスが負荷されるものの、自由に運動できる環境で飼育)、(3)対照群(ストレス負荷を行わず通常環境で飼育)の3群に分けた。ストレスは拘束衣を用いて1日1時間、週5日間、3週間のストレスを課し、飼育期間前後に全てのラットの尾部より血圧を測定した。飼育期間終了後、ラットの扁桃体からRNAを採取し、マイクロアレイ法を用いて網羅的遺伝子発現解析を行った。また、免疫染色法を用いて扁桃体中心核(CeA)における発現変動遺伝子のタンパク質について調べた。
その結果、ラットの3週間の拘束ストレスにより、血圧が有意に上昇すること、CeAの多くの遺伝子群の発現水準が対照群に比べて有意に下方制御されることがわかった。一方で、拘束ストレス+運動群では、血圧は対照群と同水準の値を示し、慢性ストレスにより下方制御された遺伝子の約80%が改善された。
CeAのStat3がストレス原因の血圧上昇や運動習慣による血圧改善に関与の可能性
発現変動遺伝子のうち、細胞数維持や神経保護などに関与するStat3は、拘束ストレス群で下方制御されたが、拘束ストレス+運動群では対照群と同水準の値にまで回復した。また、Stat3発現水準と血圧の間に負の相関関係が認められた。CeAにおけるリン酸化STAT3タンパク質はニューロンで発現していることが観察され、発現量は対照群に比べ、拘束ストレス群で低下したが、拘束ストレス+運動群で対照群と同水準の値を示し、遺伝子発現解析と同様の結果が得られた。さらに、アデノ随伴ウイルスベクターを用いてCeAのStat3を発現抑制すると(すなわちストレスによって生じる反応を模倣した状態)、血圧は有意に上昇した。
以上の結果から、慢性ストレスは扁桃体の遺伝子発現パターンを変化させ、これらの発現変動遺伝子のうち、CeAのStat3は血圧レベルの調節に関与し、慢性ストレスに対する血圧上昇や運動習慣による血圧改善に関与している可能性が示唆された。
ストレス誘発性の病態に対する運動効果のメカニズム解明への貢献に期待
今後はCeAのStat3を介した血圧制御の根底にあるメカニズムについて調べる必要がある。同研究ではCeAによる中枢性血圧制御に焦点を当てているが、血圧制御には血管の局所性調節や内分泌系も関与している。また、慢性ストレスに依存した他の脳領域や末梢器官に及ぼす影響について焦点を当てた研究を行う必要がある。さらに、運動習慣がCeAのStat3発現を変化させるメカニズムについてもさらなる検証が必要だ。
「今回の研究成果は高血圧症などのストレスに依存した病態生理学的反応の予防・改善に対する運動効果について、そのメカニズムの解明につながるものとして期待される」と、研究グループは述べている。
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