うつ病の高い寛解率を有するECT、扁桃体体積増大は特異的なものなのか?
京都大学は12月20日、うつ病に対する「電気けいれん療法(ECT)」に特異的な治療機序解明につながる成果を発表した。この研究は、同大大学院 医学研究科の石川柚木修士課程学生、大石直也同准教授、諏訪太朗同講師、村井俊哉同教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Molecular Psychiatry」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)
うつ病の特徴として症状や治療反応性に異質性がみられることが挙げられ、患者の3人に1人は標準的な抗うつ薬治療に抵抗性があるとされている。このような治療抵抗性を呈する患者は、高い寛解率を有するECTの適応となる。ECTとは頭部に電極を当てて通電することで人為的にけいれん発作を誘発する治療法のことで、心理療法や薬物療法などで効果がみられない治療抵抗性の症例や、緊急性を有する症例に対してのみ使用される。
神経画像学の知見から、ECTは不安処理において重要な役割を果たすとされる扁桃体をはじめとする、さまざまな脳構造の体積増大をもたらすことが明らかになっている。しかしこのような扁桃体体積の増大がECTの治療効果に関連しているのかということについては、これまで一貫した知見が得られていなかった。また、同一のデータ収集・解析手法を用いて、うつ病の他の治療法とECTとで短期・長期的な扁桃体の体積変化を比較した研究はなく、扁桃体の体積増大がECTに特異的であるのか、体積増大がECTの高い寛解率や背後にある治療メカニズムとどのように関連しているのかということは不明だった。
うつ病患者のMRI画像で、治療6か月後の扁桃体体積の縦断的変化を検証
研究グループは今回、京都大学、慶應義塾大学、国立精神・神経医療研究センター、東京慈恵会医科大学の4施設において、うつ病患者155人、健康被験者147人の脳構造MRI画像を取得した。また、うつ病症例については、薬物療法、認知行動療法、ECT、経頭蓋磁気刺激法の4種のうつ病治療それぞれについて、治療後、および治療6か月後の構造MRI画像も取得し、扁桃体体積の縦断的変化を調べた。
ハミルトンうつ病評価尺度の不安に関する得点に着目、扁桃体体積との関連を調査
今回研究グループは、ECTの治療効果と扁桃体の体積増大との関連を調べるにあたり、扁桃体の下位領域およびうつ病症状の異質性に着目した。扁桃体は複数の神経核から構成され、それぞれが固有の解剖学的結合を有することが知られている。
そこで、扁桃体を解剖学的知見に基づき下位領域に分割することで下位領域に特異的な体積-治療効果の関係を明らかにすることを試みた。また、これまでの研究では、うつ病の重症度の評価にハミルトンうつ病評価尺度などの心理検査の総得点が用いられていたが、総得点には興味の喪失、不安、睡眠障害などの複数の症状の得点が含まれるため、特定の症状と治療機序との関連を調べるには不向きだった。そのため今回は、ハミルトンうつ病評価尺度のうち不安に関する得点のみに着目し、不安処理に関連しているとされる扁桃体の体積と不安症状との関連を調べた。
ECTの前後でのみ患者の右扁桃体体積が増大、治療6か月後もある程度維持
その結果、治療前のうつ病症例の右扁桃体体積は健康被験者に比べて小さく、4種の治療のうち、ECTの前後でのみ体積が増大すること、体積増大が治療の6か月後にもある程度維持されることを明らかにした。また、右扁桃体の基底内側核の治療前体積と同基底外側核の長期的な体積変化が、それぞれ不安症状の改善と関連していることを報告した。
扁桃体の体積がうつ病の治療効果を示すバイオマーカーとして有用な可能性
今回の研究結果は、ECT後に観察される扁桃体下位領域の構造変化が不安の症状改善と関連することを示唆するとともに、うつ病の治療効果を調べるにあたって、特定の脳構造の下位領域や症状に注目することの重要性を示している。また、治療前の扁桃体体積から不安症状の改善度を予測できる可能性を示唆しており、扁桃体の体積がバイオマーカーとして有用である可能性を示唆している。扁桃体はうつ病をはじめとする気分障害の動物モデルで広く研究されている脳構造であり、今回の研究成果は、動物モデルとヒト研究との知見の共有・応用に資することが期待される。
「本研究で用いた構造MRI画像以外にも、精神疾患の病態を反映しているとされる安静時機能的MRI画像などを解析し、さまざまな観点からうつ病治療のメカニズムを明らかにしていくこと。本結果は、ECT後に観察される扁桃体下位領域の構造変化が症状改善と関連することを示唆しており、うつ病治療の作用メカニズムにおける扁桃体の働きの解明に貢献することが期待される」と、研究グループは述べている。
▼関連リンク
・京都大学 最新の研究成果を知る