初期心電図波形「心静止」患者への蘇生行為施行状況や患者転帰などを解析
広島大学は12月19日、院外心停止を起こし初回記録された心電図が「心静止(電気活動なし)」だった患者は、救急隊による高度な心肺蘇生のもとに病院へ搬送し治療しても社会復帰率(生活が自立し就労可能な状態)が非常に少ないことが明らかになったと発表した。この研究は、同大大学院医系科学研究科救急集中治療医学の石井潤貴助教、錦見満暁助教、志馬伸朗教授、京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻予防医療学分野の石見拓教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「JAMA Network Open」にオンライン掲載されている。
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院外心停止は、生存率・社会復帰率が不良な公衆衛生上の主要課題の一つである。心停止患者の初期心電図波形は、患者の社会復帰を左右する重要な因子だ。このうち、心静止はその他の心電図波形と比べ予後が悪いとするいくつかの報告があった。一方で、これらの報告を行った欧米諸国では、特定の基準で生存の可能性が非常に低いと判断される院外心停止患者に対しては、救急隊が現場での心肺蘇生を差し控えたり、途中で中止したりすることができる。実際にこれらの報告では、初期波形心静止の院外心停止患者の約60~75%が蘇生の差し控えや中止を受け病院搬送されていなかった。よって、救急隊が高度な心肺蘇生を全例に完遂し病院へ搬送した場合の生存率や社会復帰率は、より良い可能性があった。
日本の救急隊は院外心停止患者に対する蘇生行為の差し控えや中止は通常行わず、全患者が高度な心肺蘇生のもとに病院へ搬送される。今回の研究では、日本の大規模データ(対象:3万5,843人)を用いて、初期心電図波形「心静止」の院外心停止患者に対する近年の病院前・病院搬送後の蘇生行為の施行状況や患者転帰、ならびに救急隊による高度な蘇生行為と患者転帰の関連を解析した。
高度な心肺蘇生処置の施行率増加も、患者転帰に改善は見られず
対象となった3万5,843人のうち、発症30日後に生存していた患者は497人(1.4%)、神経学的に良好(自立生活し就業可能)だった患者は67人(0.2%)で、救急隊による高度な心肺蘇生処置の施行率は6年間で63%→66%増加した。一方、患者転帰に改善は見られなかった。時間依存性傾向スコア・リスクセットマッチング解析により、救急隊による高度気道確保とアドレナリン静注は、患者生存の可能性の増加と関連したが、神経学的良好の可能性の増加とは関連しなかった。
経済や蘇生に関わった人への影響など、さらに研究を深め議論する価値がある
今回の研究により、初期心電図波形が心静止の院外心停止患者は、救急隊による高度な心肺蘇生のもとに病院へ搬送し治療しても生存率・社会復帰率ともに非常に不良であり、高度な心肺蘇生処置と神経学的良好との関連も見られないことが明らかになった。同研究は初期波形心静止の患者が社会復帰を果たす可能性を否定するものではなく、より良好な救命率・神経学的良好転帰の希求は変わらず重要であるとしている。一方で、増加し続ける救急要請件数や高齢化を背景に病院前・病院収容後の医療資源に限界があるのも事実だ。救命・社会復帰する可能性が極めて低い院外心停止患者に対する病院到着前の蘇生中止という選択肢は主要な心肺蘇生ガイドラインにも掲載されており、これを導入している国・地域も多くある。このジレンマについて同研究結果を基盤にさらに研究を深め、議論する価値がある。
具体的には、日本において初期心電図波形心静止の院外心停止患者全例に対して高度心肺蘇生処置と病院搬送を行っていることが経済に与える影響の解析や、院外心停止患者の蘇生が一般市民や救急隊、医療従事者に与えた身体・精神的影響の研究、初期心電図波形が心静止の院外心停止を経て生存した患者の生活の質の研究、全世界における病院前での心肺蘇生の中止の現状の記述研究などが考えられる。また、初期波形心静止の院外心停止患者のうち、社会復帰を果たす可能性がより高い患者の特徴を解明する研究も有用と考えられる、と研究グループは述べている。
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