IBD患者の腸内細菌・ウイルス・真菌等「マルチバイオーム」の詳細は不明だった
東京医科大学は11月29日、炎症性腸疾患(IBD)のヒト腸内細菌・ファージ・真菌の同定と世界共通性を発見したと発表した。この研究は、同大消化器内視鏡学分野の永田尚義准教授、河合隆主任教授、筑波大学医学医療系消化器内科の秋山慎太郎講師(筑波大学附属病院 IBDセンター副部長)、土屋輝一郎教授(筑波大学附属病院 IBDセンター部長)、国立国際医療研究センター消化器内科の小島康志医長、大杉満糖尿病情報センター長、植木浩二郎糖尿病研究センター長、国府台病院の上村直実名誉院長らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」オンライン版に掲載されている。
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IBDは腸に慢性の炎症が生じる厚生労働省指定難病であり、潰瘍性大腸炎(UC)とクローン病(CD)に分類される。若年層に発症することが多く、一生涯に渡り生活の質に影響を及ぼすだけでなく、患者数の増加による医療経済の圧迫も問題となっている。しかし、原因不明なため完治は困難であり、手術による腸管切除を余儀なくされる患者が多数存在する。
ヒトの腸内には、細菌だけでなく、ウイルス(バクテリオファージ:以下、ファージ)、真菌などの微生物も生息しており、これらを総称して「マルチバイオーム」と呼ぶ。従来のIBD研究では、腸内細菌叢に着目した解析が中心的であり、IBD患者では腸内細菌叢の乱れや特定の腸内細菌種の変化が確認されている。しかし、腸内細菌種以外の微生物やそれらが有する機能代謝遺伝子がどのように相互作用(クロストーク)し、IBDの病態形成に関与しているかは不明だ。これら微生物や遺伝子を網羅的に調べることでIBDの新たな疾患メカニズムの解明、IBDの新規バイオマーカーの同定、そして、微生物制御を介した治療法の開発につながる新知見が創出される可能性がある。
IBD患者に特徴的な細菌の機能代謝遺伝子叢や抗生剤耐性遺伝子叢を解明
研究グループは今回、Japanese 4DコホートよりUC患者111人、CD患者31人、健常者540人を抽出し、糞便ショットガンメタゲノムシークエンス解析を実施した。その結果、腸内細菌4,364種(種レベル)、機能代謝遺伝子(KEGG)1万689個、抗生剤耐性遺伝子403個、ファージ1,347種、真菌90種を同定した。健常者と比較して、日本人IBD患者では、Bifidobacterium(B.breve、B. longum、B. dentium)、Enterococcus(E. faecium、E. faecalis)、Sterprococcus salivariusなどが増加し、Faecalibacterium prausnitziiなどの短鎖脂肪酸産生菌の低下が確認された。
一方、CD患者では、Escherichia coliが増加しており、この菌種が抗生剤耐性遺伝子や接着性浸潤性大腸菌(AIEC)の病原性遺伝子を複数獲得していることも判明した。UC患者では、これらの所見は認められないため、CDに特異的な腸内細菌叢の変化と考えられた。さらに、重要な点として日本人IBD患者における腸内細菌叢の変動は、米国、スペイン、オランダ、中国のIBD患者と類似しており、特に、全てのCDコホートに共通して、Escherichia coliが増加していることを発見した。これらのことから、腸内細菌種の変動はUCとCDで異なることが判明。そして、特にCDで増加するEscherichia coliはAIECの特徴を有し、抗生剤耐性遺伝子を複数獲得していたことから、CD患者の薬剤耐性菌感染症リスクが示唆された。
日本人IBD患者で同定されたファージの変化が世界データでも再現できることを発見
次に、IBD患者の腸内に生息するファージを評価した。その結果、UC、CDで減少することが確認された短鎖脂肪酸産生菌に感染するファージが減少していた。また、CD患者で増加することが確認されたEscherichiaに感染するファージ種(vOTU77、vOTU89、vOTU90)が、CDで顕著に増加することも確認された。vOTU89とvOTU99は、これまでに報告のない新規ファージであり、これらのゲノムには、炎症を惹起する可能性がある遺伝子であるpagCがコードされていることがわかり、CD病態との関連が示唆された。さらに、日本人IBD患者で同定されたこれらのファージの変化は、世界データでも再現できることを発見した。
これらの結果より、IBD患者では腸内細菌種の変化に応じて、それに感染するファージ種も変化すること、さらに、潜在的な病原因子を有するファージのIBD病態への関連も示された。同発見は、CD患者で確認された抗生剤に耐性を有するEscherichia coliを排除するためのファージ療法の開発などに役立つ重要な情報を提供すると考えられる。
マルチバイオームの特徴はUCとCDで異なり、世界データでも共通と判明
さらに、腸内の真菌叢についても網羅的解析を行った。その結果、UC患者において、Saccharomyces paradoxusとSaccharomyces kudriavzeviiが増加し、CD患者では、Saccharomyces cerevisiaeとDebayomyces hanseniiが増加することを発見した。世界データにおいても、米国、スペインのUC患者で、Saccharomyces paradoxusまたはSaccharomyces kudriavzeviiの上昇が確認された。また、米国、スペインのCD患者のデータにおいて、Saccharomyces cerevisiaeが増加していることを確認した。
以上より、腸内細菌やファージだけでなく、真菌も含むマルチバイオームの特徴がUCとCDで異なること、そして、それが世界データでも共通に確認されることが明らかになった。
IBDにおいてマルチバイオームの相互作用が新規治療ターゲットとなる可能性
最後に、細菌、ファージ、真菌間の相互作用を調査するため、細菌、ウイルス、真菌種の相関ネットワークを構築した。その結果、UC、CDともに、短鎖脂肪酸産生菌がクラスターを形成していることを明らかにした。また、UC患者ではRuminococcus bromiiや Fusicatenibacter saccharivorans、CD患者ではEscherichia coli、Bacteroides thetaiotaomicron、Anaerostipes hadrusなどの細菌が、それらに感染するファージと正の相関することが確認された。一方、CD患者での増加が確認されているEscherichia coliとSaccharomyces cerevisiaeは、Eubacterium ventriosum、Anaerostipes hadrus、Blautia obeumなどの短鎖脂肪酸産生菌と負の相関を示した。そして、同発見は米国、スペイン、オランダ、中国のコホートでも同様に確認された。
このことから、CD患者において、細菌と真菌あるいは細菌同士の競合関係が存在し、特に短鎖脂肪酸酸生菌が、病原性を有するEscherichia coliなどの細菌を排除する可能性が示唆された。したがって、IBDにおいてマルチバイオームの相互作用が新たな治療ターゲットとなると考えられ、今後の研究で、これらの菌種が相互排他的か、あるいは共生的に相互作用するかを明らかにすることが重要と思われる。
腸内の微生物種をターゲットとした治療の重要な基盤知見に
今回の研究で同定されたUCとCDに関連する腸内細菌、ファージ、真菌の特徴は、日本人に限らず、世界のIBD患者に共通するものだった。つまり、日本と世界で共通するIBD関連のヒト微生物種を同定したと言える。
「この結果は、微生物種を介した病態解明の研究を加速させるだけでなく、微生物種とそれらの相互作用をターゲットとした診断や治療法の開発が、国や地域に依存せず広く適用できる可能性を示唆しており、重要な基盤知見を提供したと言える」と、研究グループは述べている。
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