腎臓オルガノイド、本物の腎臓より成熟性劣ることが課題
理化学研究所(理研)は11月27日、ヒトiPS細胞から作製した3次元腎臓組織(腎臓オルガノイド)に含まれる近位尿細管の成熟化速度を促進する方法を発見したと発表した。この研究は、理研生命機能科学研究センターヒト器官形成研究グループの佐原義基客員研究員、髙里実グループリーダー、大塚製薬株式会社らの研究グループによるもの。研究成果は、「Communications Biology」にオンライン掲載されている。
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腎臓は、一度機能が落ちると再生することがない臓器として知られている。そのため、末期腎不全に陥ると、生命を維持するためには腎臓移植か人工透析を行うしかない。研究グループはこれまでに、ヒトiPS細胞から腎臓オルガノイドと呼ばれる、3次元のミニ腎臓組織を開発してきた。この技術は、実験動物を使わない新薬開発や、ヒト細胞を用いた腎臓病モデル組織、そして移植可能な人工腎臓の作製など、幅広い応用が期待されている。
しかし、本物の腎臓と比較して、腎臓オルガノイドは成熟性が劣り、その成熟度は胎児レベルであると判明している。腎臓オルガノイドの未成熟性は、将来の移植応用への利用を見据えると、解決すべき重要課題の一つである。
腎臓オルガノイド成熟化を1細胞RNA sequenceで経時的に解析
今回、研究グループは、人為的に腎臓オルガノイドの成熟化速度を速めるため、腎臓オルガノイドの成熟化速度を制御している因子を探すことにした。これまでに研究グループは、1細胞単位で腎臓オルガノイドの遺伝子発現を調べる過程で、成熟化速度の速い細胞と遅い細胞が混在していることに気付いていた。そこで、この両者の遺伝子発現を比較することで、成熟化速度の違いがどんな因子によって制御されている可能性があるのかを調べることにした。
研究グループは初めに、ヒトiPS細胞から腎臓オルガノイドを培養し、ネフロンが成熟する過程の約2週間にわたって経時的にサンプリングを行った。これらのサンプルに含まれる細胞一つ一つについて、どのような遺伝子が発現しているかを1細胞RNA sequence法により網羅的に調べた。統計的な手法で遺伝子発現解析を行った結果、今回取得したサンプルは腎臓発生のネフロン前駆細胞のステージの細胞から、腎臓を構成する糸球体、近位尿細管、遠位尿細管などの分化した細胞を含んでいること、また日を追うごとに、細胞が分化していく様子をいずれも確認できた。さらに、一部腎臓以外の細胞にも分化していることがわかった。
近位尿細管細胞の成熟化速度に核内受容体のPPARα経路が関与と示唆
次に、この腎臓オルガノイドにおいて細胞が分化していく様子を成熟度の順番に並べるために、各サンプルに含まれるネフロン前駆細胞から成熟した腎臓細胞までのクラスターの細胞を用いて、疑似時間軸細胞経路解析を行った。これにより、ネフロン前駆細胞から、腎臓を構成する細胞が経時的に分化していく様子を3次元グラフ上に並べることができた。今回、研究グループは、腎臓において水分や電解質、ブドウ糖、タンパク質の再吸収を担う近位尿細管の細胞に着目し、近位尿細管細胞集団のみを抽出して、同様な疑似時間軸細胞経路解析を行った。すると、近位尿細管細胞を枝分かれのない1本の時間軸上に並べることができ、すでに分化している近位尿細管細胞においても細胞間で成熟度に差が存在することが示された。
この成熟度を基に、腎臓オルガノイド内で成熟化速度が速い細胞群と、成熟化速度の遅い細胞群を定義し、それらの細胞群間の発現変動遺伝子のうち、成熟化速度が速い細胞群で発現が高い遺伝子を抽出した。これらの遺伝子発現を制御する可能性のある因子について、オミックスデータを基にネットワーク/パスウェイ解析をするソフトウエアで上流調節因子を探索したところ、近位尿細管細胞の成熟化速度の向上に核内受容体の一種であるPPARα経路の活性化が関与することが示唆された。
PPARα経路活性化により、成熟化マーカー発現上昇しシスプラチン感受性も上昇
このPPARα経路の活性化により、腎臓オルガノイドの近位尿細管の成熟度が上昇するのかを確認するために、iPS細胞から腎臓オルガノイドを作製する際の培地にPPARα活性化剤を加えて培養した。その結果、PPARα経路を活性化することで、近位尿細管の成熟化マーカー遺伝子の発現が上昇することがわかった。また、タンパク質の再吸収機能の上昇および、尿細管壊死を引き起こす薬剤(シスプラチン)に対する細胞死の感受性の上昇も認められた。これは、PPARα経路を活性化させた腎臓オルガノイドの近位尿細管では、エンドサイトーシスという機能が活性化して小分子を多く取り込むことができるようになり、薬剤に対する感受性も向上したためと考えられた。
PPARα経路活性化の腎臓オルガノイド、成熟度は上昇したが成人レベルには未到達
さらに研究グループは、公共データベースで公開されているヒト胎児腎臓や成人腎臓の1細胞解析のデータを用いて、ヒトの腎臓発生における近位尿細管細胞の成熟度スコアを定義することに成功した。そして、今回作製した腎臓オルガノイドの近位尿細管細胞の成熟度をこれに当てはめたところ、PPARα経路を活性化させたオルガノイドは、活性化させなかったものに比べて近位尿細管細胞の成熟度の上昇が認められた。しかし、PPARα経路の活性化によってもオルガノイドの成熟度は成人の腎臓レベルには達しておらず、胎児期の腎臓の成熟度と近いことがわかった。
現技術では成熟度に上限あるが、腎毒性試験への応用にもつながると期待
近位尿細管は、大量のエネルギーを消費し、尿中から小分子を再吸収する機能を最も強く発揮する組織であると同時に、さまざまなストレスや薬剤によりダメージを受けやすい組織である。そのため新薬開発の際には、近位尿細管へのダメージによる腎機能低下が薬の副作用として出るかどうかを、動物実験や臨床試験により、入念に確認する必要がある。しかし、それぞれ、動物福祉や動物と人間の薬剤感受性の違いの問題、人体を使う臨床試験のコストや時間の問題があり、薬価高騰や開発期間の長期化をもたらす原因となっている。
今回の発見は、腎臓オルガノイドの近位尿細管の成熟化速度を人為的に速める手法であり、動物や人体を使わずに腎臓オルガノイドを腎毒性試験に用いる技術の開発につながると考えられる。
一方、今回の発見により成熟化速度を制御することができるようにはなったものの、現在の培養技術で腎臓オルガノイドが到達できる成熟度の上限も見えた。「今後は、腎臓オルガノイドの培養技術をさらに最適化し、小児、さらには成人の腎臓と同じ成熟度に到達するための研究を進めていく」と、研究グループは述べている。
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・理化学研究所 プレスリリース