体内時計による免疫細胞機能の制御、がん免疫療法の時間帯による効果に影響
九州大学は11月22日、痛みを伴わないレベルの微弱な電気刺激を免疫細胞の一種であるマクロファージに与えることで、マクロファージによるがん免疫を活性化できることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院薬学研究院の吉田優哉助教、大戸茂弘特命教授、松永直哉教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Theranostics」にオンライン掲載されている。
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種々の分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬の開発により、近年、がん(あるいは悪性新生物)の治療は大きく発展している。それにもかかわらず、がんはいまだヒトの主な死因であり続けていることから、既存の治療法に囚われない革新的ながん治療法が求められている。一方、生体は元来、身体の中に発生したがん細胞を排除する機能をいくつか有している。その中でも重要な機能の一つが、「がん免疫」と呼ばれる白血球をはじめとした免疫細胞ががん細胞を死滅させる能力である。上述の免疫チェックポイント阻害薬をはじめ、いくつかのがん治療薬がこのがん免疫を標的としていることからも、がん免疫の活性化(がん免疫療法)はがん治療の強力な手段の一つとなっている。
一方、がん免疫を担う免疫細胞の中には、その機能に時間帯による差があるものがある。これはヒトの身体が「体内時計」と呼ばれる約24時間を一周期とするリズムを有しているためである。この体内時計は一部の免疫細胞の機能を制御しているため、がん免疫の活性にも時間帯による差があることが以前より明らかになっている。このがん免疫の時刻差は種々のがん免疫療法の治療効果にも影響を与えている可能性が複数の研究グループによって指摘されていることから、時間帯によるがん免疫の活性低下を改善する手法が求められている。
微弱な電気刺激をマクロファージに与え、がん免疫活性の時刻差克服できるか
研究グループは、がん免疫活性の時刻差を薬ではなく電気刺激を用いて克服するというユニークな発想のもと研究を行った。その結果、痛みを伴わないレベルの微弱な電気刺激を免疫細胞の一種であるマクロファージに与えることで、マクロファージによるがん免疫を活性化できることを新たに明らかにした。
マクロファージはがん免疫の起点となる細胞であり、貪食と呼ばれる、がん細胞を自身の中に取り込む機能によって生体内に発生したがん細胞を減らすことができる。さらにがん細胞を貪食したマクロファージは周りの免疫細胞を活性化する機能も有しており、がん免疫を活性化する。
微弱電気刺激、時計遺伝子に作用しマクロファージ貪食が低い時間帯なくなる
微弱電気刺激はこれらの機能を上昇させる作用があることがマウスとヒトのマクロファージで判明したため、研究グループはそのメカニズムを解析した。その結果、この作用に体内時計および時計遺伝子が関与することを突き止めた。時計遺伝子は全身の細胞が有している体内時計を制御する分子である。微弱電気刺激を与えたマウスのマクロファージを詳細に解析した結果、微弱電気刺激を与えたマウスのマクロファージの一つPERIOD1の量が変化し、これによってマクロファージの貪食が低い時間帯がなくなることが明らかになった。
乳・肝臓・卵巣がん移植マウス、がん免疫活性化し生存日数が延長
研究グループはさらに、乳がん、肝臓がん、卵巣がんを移植したマウスに微弱電気刺激を与えると、がんの増殖や転移が抑制され、生存日数が長くなることも明らかにした。以上のことから、微弱電気刺激によるマクロファージの活性化が、がん免疫を活性化することと、その機構が明らかになった。
がん以外の疾患治療や健康増進などにも応用目指す
研究グループは2021年より、九州大学発ベンチャーとして株式会社chicktekを立ち上げ、微弱電気刺激を用いた新たな機器やその使用法の開発を進めている。「微弱電気刺激をがん治療のみならず、他の疾患治療、健康増進、畜産業などのさまざまな分野に応用することを目指し、さらなる研究と開発を進めている。数年内に、加齢や家畜への微弱電気刺激の応用に関する研究成果を発表予定であり、開発をさらに加速させる予定」と、研究グループは述べている。
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・九州大学 研究成果