早期発見に向け、がん細胞増殖・転移に関連の細胞外小胞体とマイクロRNAに着目
慶應義塾大学は10月12日、尿中に含まれるマイクロRNAをAI(人工知能)解析することで、従来の血液検査よりも高精度に、早期の膵臓がんを検出できることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大医学部がんゲノム医療センターの西原広史教授、加藤容崇特任助教、北斗病院腫瘍医学研究所・次世代医療研究科の馬場晶悟研究員(筆頭著者)、Craif株式会社市川裕樹CTO(名古屋大学未来社会創造機構客員准教授)、安東頼子名古屋大学未来社会創造機構特任講師(研究当時)らの研究グループによるもの。研究成果は、「eClinicalMedicine」に掲載されている。
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膵臓がんは非常に進行が早く、発生しても小さいうちは症状が出にくく、発見が難しい。発見された時にはすでに手術で取り除くことのできないステージに進行していることが多いために、予後が悪いがんの一つである。早期発見が治療の鍵となるが、現行の検査方法では早期診断が困難であるため、非侵襲的で高精度な検査法の開発が急務となっている。そこで今回研究グループは、誰でもいつでもどこでも簡単に採取できる尿を用いて、膵臓がんを早期発見する方法の開発を試みた。
膵臓がんの早期発見検査を開発するにあたり、研究グループはがん細胞の活動や増殖・転移に深い関わりがある細胞外小胞体とマイクロRNAに着目した。体内の個々の細胞は細胞外小胞体に含まれるマイクロRNAを介して、体内の離れた細胞に情報を伝達している。がん細胞もマイクロRNAが含まれる細胞外小胞を積極的に放出することで、周囲の環境を自らの増殖に有利になるよう整えたり、転移に利用したりすると考えられている。
膵臓がん早期段階でも高精度に検出可能なアルゴリズム開発
今回、研究グループは尿中の細胞外小胞体を濃縮することで、尿から多量のマイクロRNAを抽出し、網羅的に解析することができる新しい非侵襲的検査を開発した。この方法で得られた尿中マイクロRNAデータを用いて機械学習モデルを構築することで、高精度に膵臓がんの検出が可能なアルゴリズムを開発することに成功した。今回開発された尿マイクロRNA検査は、従来の血液マーカー(CA19-9など)や他のバイオマーカーに比べて、膵臓がんの早期段階(ステージI/IIA)においても高い感度と特異度を示す点が特徴である。
膵臓がん患者153人+健常者309人の尿サンプル解析で検証
今回の臨床研究では、5つの異なる施設(北斗病院、川崎医科大学附属病院、国立がん研究センター中央病院、鹿児島大学病院、熊谷総合病院)から登録された膵臓がん患者153人と、2つの異なる施設(北斗病院、大宮シティクリニック)から登録された健常者309人の尿サンプルを解析した。
早期ステージ膵臓がん検出、従来マーカーより尿中マイクロRNAが高精度
感度と特異度のバランスが最も良いカットオフ値を設定した場合、尿マイクロRNA検査の特異度は92.9%でステージI/IIAの感度は92.9%、全体の感度は88.2%であった。今回登録された膵臓がん患者のうち140例では従来の血液マーカーであるCA19-9を測定していたが、CA19-9は早期ステージほど予測能が低い傾向があり、ステージI/IIAの感度は37.5%、全体の感度は63.6%であった。早期ステージにおける膵臓がんの検出性能は、尿中マイクロRNAがより優れていることが明らかになった。
がん細胞を取り巻く微小環境情報反映も示唆
また、尿中マイクロRNAのパターンはがん細胞から分泌されるものだけでなく、がん細胞を取り巻く特殊な周囲の細胞を含む微小環境からの情報も反映していることが示唆された。腫瘍が小さい早期ステージの段階では腫瘍そのものからのシグナルは少ないことが考えられるが、尿マイクロRNA検査では微小環境も含めた包括的な情報を活用することで、早期膵臓がんを検出できているのではないかと考えられる。
病院アクセス困難地域での膵臓がん早期発見貢献に期待
同検査は尿を用いるため、簡便かつ患者への負担が少なく、自宅でのサンプル採取も可能である。これにより、広範囲な集団スクリーニングや、病院へのアクセスが難しい地域における膵臓がんの早期発見への貢献が期待される。慶應義塾大学は、今後麻布台ヒルズの予防医療センターにおいて本検査の導入を検討する予定だ、と研究グループは述べている。
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・慶應義塾大学 プレスリリース