射精前半・後半における精漿の微量元素成分、不妊治療に利用可能か
筑波大学は11月11日、男性不妊患者の精液と血清内の微量元素濃度を測定、分類する評価方法を開発し、リンとヒ素の濃度が低く、他の微量元素の濃度が高いグループの妊娠率が高いことを確認したと発表した。この研究は、同大附属病院の古城公佑病院講師、株式会社レナテック開発研究部の清水拓弥部長らの研究グループによるもの。研究成果は、「Reproductive Medicine and Biology」に掲載されている。
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男性不妊症の評価は、通常、精子濃度や運動率に依存しているが、これらの指標が正常であっても不妊となるケースが存在する。こうした背景から、研究グループでは、精子そのものではなく、精液の液体成分である精漿に注目した。先行研究により、精漿は射精の前と後で分泌される成分が大きく異なることがわかっている。精子が精巣(睾丸)で作られるのに対し、精漿は約20~30%が前立腺で作られており、残る約70%が精嚢腺で作られる。前立腺由来の精液(射精の前半で分泌される液)には、亜鉛やクエン酸などが、一方、精嚢腺由来の精液(射精の後半に分泌される液)には、リンやプロスタグランジン(生理活性物質の一種)などが多く含まれている。また、前立腺由来の液は精子活性を促進し、精嚢腺由来の液は精子活性に抑制的であるとされてきた。
このような射精の前半後半での成分の違いは1960年から70年代にかけても指摘されており、射精時の精液を前半と後半で分割採取し、不妊治療に利用する方法などが研究されていたこともある。しかし、精漿中に含まれる微量元素の含有量が射精の前半と後半でどのように異なるか、またその医学的な意味については、十分な検証は行われなかった。
精漿内の微量元素20種類の濃度を測定、射精前・後半で濃度高くなる元素判明
近年の技術進歩により、さまざまな微量元素のデータを包括的に解析することが可能となり、またAIを使った機械学習アルゴリズムは、複数のパラメーターから潜在的なパターンを見出すのに非常に有効である。そこで今回の研究では、半導体の洗浄液を製造する際の不純物検出など、主に工学領域で使用されている誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS法)を用いて、精漿および血清中の微量元素を網羅的に測定し、不妊症の評価のための新たな手法を開発することを目指した。また、機械学習により、微量元素濃度に基づいて男性不妊患者をグループ分けし、不妊治療開始から1年後のパートナーの妊娠率の違いを検証した。
まず、30歳前後の健康なボランティアの男性4人を対象に射精の前半と後半に分割して精液の採取を行い、精漿内の20種類の微量元素濃度を測定した。同時に、血清からも同じ種類の微量元素を測定し、その精度についても検討した。射精の前後半で微量元素濃度を比較した結果、リチウム、ナトリウム、マグネシウム、硫黄、カリウムなど、18の微量元素が射精前半(前立腺由来)で高い濃度を示した。しかし、リンとヒ素は、例外的に射精後半(精嚢由来)で高い濃度を示すことが明らかとなった。
リンとヒ素、分割採取していない245人の精漿でも他の元素とは異なる挙動示す
次に、男性不妊外来を受診した245人の患者から、分割採取せずに得た精漿と血清について、同様の微量元素濃度を測定し、20種類の微量元素のうち成分構成が類似するものをクラスタリング(機械学習による分類)した。これらを分類したところ、リンとヒ素が他の元素とは異なる成分構成を示すことが明らかとなった。
分割採取で検証した結果と、分割採取せずに分類した結果で、いずれも、リンとヒ素のみに独立した挙動が見られたことは、この2種類の元素の濃度と精漿を分泌するための機能との間に何らかの相関性があることを示唆している。さらに、男性不妊患者245人を対象に、それぞれの血清に対する精漿中の各元素の濃度比からクラスタリングを実施し、これらの患者を元素の値のみから分類する手法を構築した。血清に対する精漿中の濃度比が高い元素と低い元素を色分けしたところ、4つのグループに分類することができた。
リン・ヒ素低く他の微量元素高いグループ、1年以内の妊娠割合が有意に高い
各グループについて、1年間の追跡調査を行い、パートナーの妊娠割合を比較したところ、リンとヒ素の濃度が低く、他の微量元素が高いグループでは、1年以内の自然妊娠または人工授精での妊娠割合が統計学的に有意に高いことが明らかになった。この結果は、精子濃度や運動率に頼らない新しい男性不妊症の分類手法としての本手法の有効性を示している。
今後は、この分類手法をさらに検証し、より多くの症例での実用性を確立することが求められる。また、微量元素濃度の差異がどのようにして妊娠率の違いに結びつくのか、そのメカニズムの解明も進める必要がある。「この手法を用いた新しい不妊治療法の開発や、妊娠率向上のための具体的な介入方法の研究も進めていく予定」と、研究グループは述べている。
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・筑波大学 TSUKUBA JOURNAL