妊娠中の運動で分泌される胎盤由来SOD3、母親にどのような役割を果たすかは不明
東京科学大学(旧 東京医科歯科大学)は9月27日、胎盤から分泌されるSOD3タンパク質が下垂体からのプロラクチン分泌を制御することで、出産後の養育行動を促進していることを、マウスを用いた実験で明らかにしたと発表した。この研究は、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科生体情報継承学分野の楠山譲二テニュアトラック准教授、東北大学、米国・ハーバード大学ジョスリン糖尿病センター、米国・コロラド大学、インドネシア・アイルランガ大学らの研究グループによるもの。研究成果は、「Cell Reports」にオンライン掲載されている。
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妊娠は、将来の育児に備えるために、母親の神経機能に大きな変化を誘導することで、出産後の母子関係の確立に寄与している。母親による子の生後初期の養育行動は子の発達初期の重要なイベントであり、母親のストレスで育児の問題が生じると、子の脳の発達障害や、生後の行動・精神衛生問題へとつながることが報告されている。マウスなどの哺乳類は出産直後、母親が子に自然と大きな関心を示し、餌やり、保温、保護などの養育行動を示す。養育行動の開始は、妊娠に関連したホルモンの分泌により、脳機能が変化するからと考えられている。
妊娠すると、胎盤と呼ばれる胎児由来の臓器が母体内に生じ、胎児の栄養補給、ガス交換、老廃物の排泄といった機能を代替することで、胎児の成長を担っている。胎盤は、多くの母体臓器に影響を及ぼすホルモンも分泌しており、妊娠中に母体に起こるさまざまなイベントを制御している。胎盤からの分泌因子は、妊娠中の母親に対するさまざまな刺激によっても制御されている。研究グループはこれまでに、妊娠中に運動をすると胎盤からスーパーオキシドディスムターゼ3(SOD3)と呼ばれるタンパク質が臍帯血へ分泌されて胎児に作用し、産まれる子が太りにくくなることを証明した。この胎盤由来SOD3は臍帯血と母体血の両方に分泌されるが、妊娠中の母親に対してどのような役割を果たすかはわかっていなかった。
SOD3が養育行動への有益性を仲介している?
妊娠中の母親の身体活動の増加にはさまざまな良い効果があることが報告されている。特に妊娠中の身体活動は、出生前うつ病・産後うつ病の発症率の低下、育児中の不安の重症度を軽減するのに非常に効果的であると言われている。妊娠中の運動は胎盤から多くのSOD3を分泌させることから、研究グループは胎盤由来SOD3が母親の運動による養育行動への有益性を仲介しているのではないかという仮説を立てた。
Sod3ノックアウトマウス、母体血中プロラクチン低下し養育行動に消極的
まず妊娠中に全ての胎盤でSOD3タンパク質を分泌しない遺伝子改変マウス(Sod3ノックアウトマウス)を作成し、巣作り、子の輸送、子の防御行動、授乳といった養育行動に対する影響を行動学的に解析した。
その結果、妊娠中に胎盤からSOD3が分泌されないと、母親マウスは出産後の養育行動を積極的に行わなくなり、産まれてきた子の生存率が低下することがわかった。次に妊娠や養育行動に関わるホルモンの分泌量を測定したところ、プロラクチンと呼ばれるホルモンの量が母体血中で低下していることがわかった。
マウス下垂体でFGF関連遺伝子のDNAがメチル化、世代超えた影響も判明
そこでプロラクチンを産生する下垂体と呼ばれる脳組織の遺伝子発現を網羅的に解析したところ、Sod3ノックアウトマウスではプロラクチン産生に重要な線維芽細胞増殖因子(FGF)シグナルが減弱していた。さらにこの現象の分子メカニズムを解析し、下垂体においてFgf1とFGF受容体であるFgfr2のプロモーター部位でDNAメチル化が亢進するというエピジェネティクス制御によるものだということがわかった。
また、胎盤由来SOD3がFgf1/Fgfr2といった特定の遺伝子群にだけ制御を誘導する機構として、ZBTB18と呼ばれる転写因子が関与していることも証明した。この研究ではさらに、Sod3ノックアウトマウスの母親から生まれた子において、その子(母親から見ると孫)に対しても養育行動が悪化することも観察され、胎盤由来SOD3が養育行動において世代を超えた影響を持っており、分泌器官としての胎盤の重要性が示唆された。
妊娠期間中の適切な運動、産後のストレス予防などにつながる可能性
今回の研究によって、胎盤から分泌されるSOD3タンパク質が、母親の出産後の養育行動を養成させるという現象を見出した。また、胎盤から下垂体へとシグナルが送られるという胎盤・脳連関の存在も見出し、胎盤が持つより広範な役割を明らかにすることができた。SOD3はヒトにおいても妊娠中の運動によって旺盛に分泌されるため、妊娠期間中に適切な運動や活動量を維持することによって、産後ストレスの予防や子の健康な成長をサポートすることができる可能性がある。
「今後さらにどのような時期に、どのような種類・強度の運動をすれば、効率よくSOD3が分泌されるかといった点を解析することで、妊娠中の運動のもつ便益性をさらに明らかにし、社会実装につなげていくことを目指す」と、研究グループは述べている。
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・東京科学大学(旧 東京医科歯科大学) プレスリリース