予後不良の主因となるCOVID-19の肺炎やARDS、病態メカニズムは未解明
名古屋大学は8月23日、致死的な新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の肺病変において、鉄依存性の制御性壊死であるフェロトーシスが関与することを新たに発見したと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科生体反応病理学の豊國伸哉教授、米国コロンビア大学Brent R. Stockwell博士らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」に掲載されている。
画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)
COVID-19は、SARS-CoV-2による感染が原因で発症し、肺炎や急性呼吸窮迫症候群(ARDS)を引き起こす。ARDSは重症例において予後不良や高い死亡率の主因となる。ARDSの病理学的特徴は、びまん性肺胞傷害(DAD)を含む急性肺傷害(ALI)で、初期段階では硝子膜の形成、浮腫、線維化が見られる。また、肺血管うっ血や微小血栓などの非急性肺傷害(non-ALI)もCOVID-19患者に共通して見られる。
COVID-19肺病変は、ウイルスによる直接的な傷害とサイトカインストームや炎症などの宿主の炎症反応が関与している。好中球やマクロファージによる慢性的な炎症反応が肺組織の傷害を悪化させ、侵入した免疫細胞が活性酸素種やフリーラジカルを放出して酸化的損傷を引き起こす。COVID-19肺病変において炎症が致命的な要因となる一方で、その病態メカニズムは依然として不明な点が多い。
COVID-19肺疾患に対する治療法はまだ確立されておらず、呼吸不全に陥った患者には挿管や人工呼吸器などの支持療法が用いられる。ARDSに対する治療は、抗ウイルス薬や抗炎症薬の併用が一般的である。初期のウイルス感染に対してはプロテアーゼ阻害剤が使用され、SARS-CoV-2の複製を抑制する。また、免疫調整薬としてコルチコステロイドやIL-6受容体阻害剤が重症患者の生存率向上や人工呼吸器使用の減少に効果を示している。その他の治療法として、抗凝固療法や間葉系幹細胞治療なども提案されているが、新しい治療法の開発と病態の理解がCOVID-19肺合併症の対策には不可欠である。
患者の高フェリチン血症と肺の鉄代謝異常からフェロトーシスに着目
フェロトーシスは、鉄依存性でリン脂質過酸化により引き起こされる非アポトーシス性の細胞死であり、さまざまな疾患に関与している。フェロトーシスは、多価不飽和脂肪酸を含むリン脂質(PL-PUFA)の過酸化によって特徴づけられ、細胞修復機構が対応できないと細胞死が引き起こされる。SARS-CoV-2感染に関連して高フェリチン血症など鉄代謝異常が報告されており、肺でフェロトーシスを引き起こす可能性が示唆されてきたが、これまでに十分な評価は行われていなかった。
肺組織でフェロトーシスのマーカー増加、血清フェリチンレベル上昇は重症者で顕著
今回の研究では、COVID-19患者の肺におけるフェロトーシス(鉄依存性の細胞死)の役割を調べた。COVID-19患者の肺組織を免疫蛍光および免疫組織化学染色を用いて分析したところ、フェロトーシスのマーカーであるトランスフェリン受容体1(TfR1)とマロンジアルデヒド(MDA)が増加していることが確認され、COVID-19感染がフェロトーシスを引き起こす可能性が示唆された。さらに、他の細胞死マーカー(ネクロプトーシス、アポトーシス、パイロトーシス)についても検討したが、これらのマーカーはCOVID-19患者の肺において増加していなかった。
次に、COVID-19患者の血清フェリチンレベルが入院期間中に上昇し、特に重症患者で顕著であることが示された。このフェリチンの増加は、肺での鉄代謝の乱れとフェロトーシスの進行と関連していると考えられる。また、COVID-19患者の肺における脂質の変化を質量分析ベースのリピドミクスで調査したところ、フェロトーシスに関連する脂質のプロファイルの変化が確認された。
動物モデルの肺損傷、フェロトーシス阻害剤治療で一部改善
さらに、COVID-19肺病変の進行を評価するために、シリアンハムスターを用いた動物モデルを作成し、フェロトーシスのマーカーが肺損傷の重症度と関連していることが示された。フェロトーシス阻害剤を用いた治療により、肺傷害の軽減が観察されたが、その効果は限定的だった。
これらの結果から、フェロトーシスがCOVID-19肺病理において重要な役割を果たしており、フェロトーシスの抑制が肺傷害を軽減するための補助療法として有望であることが示唆された。
新たなCOVID-19治療戦略として肺フェロトーシス抑制が有望であることを示唆
今回の研究では、COVID-19に関連する肺病変の分子特性をヒトの病理解剖の肺およびハムスターモデルで検討し、SARS-CoV-2感染による肺傷害の主な細胞死のメカニズムとしてフェロトーシスが関与していることを発見した。ヒト病理解剖の肺サンプルでは、鉄の代謝異常、脂質過酸化、多価不飽和脂肪酸含有リン脂質の減少、リゾリン脂質の増加など、フェロトーシスのマーカーが顕著に増加しており、これがCOVID-19肺疾患の進行を促進していることが示唆された。
COVID-19による致命的な肺病変は、ALI(急性肺傷害)および非ALI(うっ血、微小血栓症)を含み、どちらの病変にもフェロトーシスの特徴が顕著に見られた。COVID-19の重症患者の肺組織では高レベルの血清フェリチンとフェリチン軽鎖が観察され、鉄の過剰がフェロトーシスを促進し、肺細胞の損傷を悪化させることが示されている。さらに、マルチオミクスプロファイリングや高度なバイオインフォマティクス解析により、フェロトーシスに関連する遺伝子や生物学的プロセスがCOVID-19の肺病変に関連していることが確認された。
同結果は、肺フェロトーシスの抑制がCOVID-19の新たな治療戦略として有望であることを示唆しており、肺を標的としたフェロトーシス阻害薬の開発が重要と考えられる。「フェロトーシスは他の致命的なコロナウイルス感染症にも関与している可能性があり、フェロトーシスマーカーがCOVID-19の重症度診断に役立つ可能性があると結論づけた」と、研究グループは述べている。
▼関連リンク
・名古屋大学 研究成果発信サイト