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徹夜後に長く深く眠る「リバウンド睡眠」が起こるメカニズムを解明-JSTほか

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2024年07月26日 AM09:30

PV発現神経は「睡眠恒常性の制御」に寄与するのか?

科学技術振興機構()は7月22日、長時間の覚醒後に生じる長く深い睡眠()に大脳皮質の主要な抑制性神経であるパルブアルブミン()発現神経の活動の適切な調節が重要であることを解明したと発表した。この研究は、JST戦略的創造研究推進事業において、 大学院医学系研究科 機能生物学専攻 システムズ薬理学分野の上田泰己教授( 生命機能科学研究センター 合成生物学研究チーム チームリーダー兼任)、昆一弘研究員(研究当時、現 Johns Hopkins University博士研究員)らの研究グループによるもの。研究成果は、「nature communications」オンライン版に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

ヒトは基本的に朝に目覚めて夜に眠るといったサイクルを繰り返すが、そのサイクルから逸脱して徹夜をすることもできる。しかし、徹夜をした後は昼間であっても眠気に勝てずに眠ってしまう、朝には起きられず昼まで寝てしまうということがある。この現象は「リバウンド睡眠」と呼ばれ、脳が覚醒時の活動履歴を記録し、それを直後の睡眠に反映させて一定量の睡眠を確保しようとする「睡眠恒常性」が存在することを示唆している。しかし、どのように覚醒履歴を脳内で記録し、直後の睡眠に反映しているのかは、よくわかっていなかった。

PV発現神経は、大脳皮質内で最も豊富な抑制性神経であり、大脳皮質の神経回路の抑制に寄与している。PV発現神経の神経活動は覚醒時に比べて睡眠時に高く、薬理遺伝学的手法によるPV発現神経の活性化は睡眠を誘導することから、PV発現神経の睡眠制御への関与が示唆されていた。しかし、PV発現神経が睡眠恒常性の制御に寄与するのか、寄与するとしたらどのような仕組みなのかは解明されていなかった。

PV発現神経が、覚醒履歴に対応して活性化する可能性

睡眠は生涯を通じて継続されるが、そのパターンは発達に応じて変化する。研究グループが離乳後の幼若期から成体になるまでの発達期のマウスにおいて連続的に睡眠を測定すると、リバウンド睡眠は幼若期の段階ではほとんど見られず、発達段階が進むと顕著になることがわかった。また、同研究グループが以前に開発した全脳解析手法を用いて発達期のマウスのPV発現神経を解析すると、幼若期から成体にかけて大脳皮質のPV発現神経の数が変化することが明らかになった。

さらに、PV発現神経の活動と睡眠恒常性の相関関係を調べると、大脳皮質のPV発現神経が長時間の覚醒後に活性化する傾向があることが判明。薬剤投与によって過剰に覚醒を引き起こした場合にも同様の結果が得られたことから、覚醒履歴に対応してPV発現神経が活性化されると示唆された。

リバウンド睡眠には覚醒履歴に対応したPV発現神経の活動亢進が必要

次に、PV発現神経の活動と睡眠恒常性の因果関係を調べるため、薬理遺伝学的な神経活動操作を大脳皮質のPV発現神経特異的に行った。その結果、十分な睡眠を取っているにもかかわらず、PV発現神経の活性化がリバウンド睡眠に類似した状態を引き起こすことがわかった。

反対に、長時間覚醒させ続けて睡眠不足にしたマウスでリバウンド睡眠が現れる前に神経活動を抑制すると、リバウンド睡眠が現れず、定常時と同様の睡眠パターンを示した。これらのことから、リバウンド睡眠には覚醒履歴に対応したPV発現神経の活動亢進が必要であると示唆された。

CaMKⅡ活性化による新たな睡眠恒常性制御機構を確認

続いて研究グループは、覚醒履歴に応答して大脳皮質のPV発現神経の活動変化を引き起こす分子メカニズムの解明を試みた。脳内の主要なタンパク質リン酸化酵素である「CaMKⅡ」は、覚醒が続くほど大脳皮質全体におけるCaMKⅡの自己リン酸化が促進することが知られており、その遺伝子を欠損させたマウスは短眠となるため、CaMKⅡは睡眠制御に重要なタンパク質として近年認識されている。しかし、PV発現神経におけるCaMKⅡの役割はほとんど解明されていなかかった。一細胞遺伝子発現データを使用してPV発現神経のCaMKⅡの発現を調べると、サブタイプの1つであるCaMKⅡαの発現レベルがリバウンド睡眠の変化と一致して幼若期から発達期にかけて2倍以上増加することが明らかになった。

そこで、PV発現神経のCaMKⅡの活性と睡眠恒常性との因果関係を調べるため、CaMKⅡ阻害ペプチドを用いて大脳皮質のPV発現神経特異的にCaMKⅡの活性を阻害した。その結果、CaMKⅡの活性を阻害したマウスではリバウンド睡眠がほとんど見られず、覚醒履歴に応答したPV発現神経の活動亢進が損なわれている可能性が示唆された。反対に、CaMKⅡ恒常活性変異体を発現させてPV発現神経特異的にCaMKⅡを活性化すると、長く安定したリバウンド睡眠に類似した状態を引き起こすことが明らかになった。この状態は、CaMKⅡのリン酸化活性を不活化した場合には誘導されなかった。以上のことから、CaMKⅡのリン酸化活性が、リバウンド睡眠様状態の誘導に必要であると示唆された。

これらの結果は、CaMKⅡ活性化がPV発現神経の活動を亢進させてリバウンド睡眠を引き起こすという仮説を支持している。実際、PV発現神経にCaMKⅡ恒常活性変異体を発現させてCaMKⅡを活性化すると、PV発現神経の活動が選択的に上昇することが明らかになった。一方で、興奮性神経特異的にCaMKⅡを活性化させても興奮性神経の活動はほぼ影響を受けず、PV発現神経に特異的な活動調節機構の存在が示唆された。

最後に、PV発現神経のCaMKⅡが覚醒履歴に対応して活性化するか評価した。CaMKⅡのリン酸化活性の指標として自己リン酸化を質量分析により定量すると、長時間の覚醒により自己リン酸化レベルが顕著に増加しており、覚醒履歴に応答したPV発現神経のCaMKⅡ活性化が示された。以上のことから、PV発現神経のCaMKⅡが覚醒履歴に対応して活性化し、CaMKⅡ依存的なPV発現神経の活動が亢進されることが正常なリバウンド睡眠の誘導に必須であるという新しい睡眠恒常性制御機構が示された。

眠気を定量的に記録し、適切に管理する手法の開発に期待

今回行った分子・細胞・行動をつなぐ横断的な研究により、マウスの睡眠恒常性制御におけるPV発現神経とそのCaMKⅡ活性の役割が初めて示された。CaMKⅡ発現が少ない幼若期は、覚醒履歴に応じたPV発現神経の活動亢進が不十分であるために睡眠恒常性が未熟であると考えられた。これについては今後検証する予定としている。睡眠不足による事故リスクの増加や身体・メンタルヘルスへの悪影響はよく知られており、不十分な睡眠に起因する問題は現代社会において喫緊の課題と言える。

「今回の成果はPV発現神経におけるCaMKⅡのリン酸化が眠気に対応する可能性を示唆するものだが、将来的にこのリン酸化活性を外部から眠気として定量的にモニターしつつ、適切にコントロールする手法の開発が進めば、睡眠という観点から心身共により健康な社会を達成する一助となることが期待される」と、研究グループは述べている。

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