ASD発症の遺伝的要因の解明が重要だが、家族歴が不明確な患者が多く研究が困難
金沢工業大学は6月24日、脳由来神経栄養因子BDNF(Brain-derived neurotrophic factor)の産生障害と自閉症の関係を解明し、新たな自閉症診断マーカーを提唱したと発表した。この研究は、同大応用バイオ学科の小島正己教授と、清華大学、首都医科大学付属北京天壇病院、富山大学、藤田医科大学、前橋工科大学などの共同研究によるもの。研究成果は、「Molecular Psychiatry」オンライン版に掲載されている。
疫学研究によると世界における自閉症の有病率は1%に達しており、子どもたちの心身の健康の大きな脅威となっている。自閉症の子どもたちが確かな治療介入を受けられなかった場合、生涯にわたる心身の健康、社会的交流、学習、自立した生活、就労に影響することになり、長期的なケアとサポートは家族に大きな負担を強いることになる。
近年の遺伝学的研究では、自閉症発症に関連する変異遺伝子として、FMR1、SHANK3などが報告されており、遺伝子変異や染色体異常と自閉症の発症の関係性を強く示唆している。そして、これらの変異遺伝子に共通する特徴は、神経伝達を行うシナプスの構造と機能に影響しているという点にある。また、これらの遺伝子変異を持つモデル動物を作製すると、反復行動や社会的相互作用の障害など、自閉症患者様表現型が観察される。さらに重要なことは、これらのモデル動物のほぼ全てが、シナプス密度の変化、シナプスタンパク質合成の異常、シナプス可塑性の障害など、シナプスの機能と構造に欠陥を示す。つまり、これらのモデル動物の所見は脳内シナプスの構造と機能の異常が自閉症発症の重要要因であることを強く示唆している。遺伝的要因に加え、環境要因も指摘されている。出生前の感染症や薬物使用と環境的暴露は、神経シナプスの発達と機能に影響して、自閉症発症リスクを高める可能性がある。
ASDを治療する特効薬がないことを考えると、その研究を深めることは特に重要かつ喫緊の課題と言える。これは、早期スクリーニング・診断・介入を実現するだけでなく、患者の予後を最適化し、生活の質を向上させ、家族や社会の負担を軽減し、精密な薬剤戦略を開発するための強固な基盤を築くことにもつながる。ASDの発症において遺伝的要因が重要な役割を果たしているにもかかわらず、患者の多くは明確な家族歴がないため、研究がより複雑になっている。特定の遺伝子変異に限定された従来のASDの動物モデルは、ASDの複雑な多様性を完全に模倣することができず、ASDの病因と治療戦略の研究を制限している。
シナプス伝達に重要な神経栄養因子タンパク質「BDNF」の産生機能障害が自閉症発症の鍵
研究グループは、BDNFの産生不全マウス(BDNFmet/leu)のシナプス解析、マウスの行動解析を行い、BDNFの産生不全と自閉症様行動の関係を示した。清華大学のBai Lu教授は、このBDNFの産生不全が神経伝達に影響することを以前に行った電気生理学の研究から見出しており、BDNFの「陰陽仮説」を提唱している。
同研究のBDNFmet/leuマウスは、神経細胞の樹状突起の複雑性の低下、未熟なスパインの増加、成熟スパインの減少、シナプスタンパク質の変化、シナプス伝達の低下、社会的行動の障害、ヒトの自閉症患者に見られるような反復行動を含むASD関連の表現型を示す。つまり、これまで報告されてきた自閉症の遺伝的要因や環境的要因に関する研究とは異なり、BDNFというシナプス伝達に重要な神経栄養因子タンパク質の産生機能障害が自閉症発症の鍵であることが示唆された。
ASD児の血漿中BDNF濃度が有意に減、proBDNF/mBDNF比率は上昇傾向
さらに、BDNFmet/leuマウスモデルが、特に、ASD患者の「自己刺激」行動に類似した定型行動である「星を見る」などの顕著な反復行動が見られることを発見した。この行動は、ASD児、特にトゥレット症候群において顕著とされる。BDNFmet/leuマウスのこのような行動表現型は、病態研究や薬剤開発のための貴重な観察指標と考えられる。
同研究の強みは、神経栄養因子BDNFの産生不全をヒト研究にまで展開したことにある。首都医科大学付属北京天壇病院のFeng Yang教授が率いる研究グループは臨床症例対照研究において、ASDの子どもの血漿中のproBDNFとmBDNFの濃度が有意に減少し、proBDNFとmBDNFの比率が上昇傾向にあることを見出した。この重要な発見は、自閉症病態の理解において新たな方向性を与えるだけでなく、脳内のproBDNFからmBDNFへの変換メカニズムの障害と、ASD患者の行動特性との間に密接な関係があることを示している。そしてこの発見は、これらの血漿指標が自閉症スペクトラムのバイオマーカーとして機能する可能性を示唆しており、疾患進行のモニタリング、薬剤有効性の評価を可能にする科学的根拠を提供するものと期待される。
BDNFの産生低下が自閉症の病因において中心的役割を果たすことを提唱
今回の研究は、神経栄養因子BDNFの産生低下が自閉症の病因において中心的役割を果たすことを提唱したもので、同発見はASDの診断と治療を前進させる新たな方向性を示している。そして同疾患の進行をモニタリングし、薬剤の有効性を評価するためのバイオマーカー研究への進展が期待される。「本研究が、自閉症の治療と診断の研究を促進し、本精神疾患分野の研究のための道を開くことを願っている」と、研究グループは述べている。
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