母乳成分、腸内細菌叢形成、脳発達の関連性を統合的に解析した研究は存在しなかった
東京農工大学は6月12日、母乳が腸内細菌叢形成を介し、脳発達に与える影響を解明したと発表した。この研究は、同大大学院農学研究院動物生命科学部門・永岡謙太郎教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Gut Microbes」に掲載されている。
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母乳中の成分はヒトの臓器だけでなく、腸内細菌叢の形成にも影響を与えることが示唆されている。一方、腸内細菌叢と脳との関連に着目した研究により、腸内細菌叢が脳発達に影響を与えることが示されている。これらのことから、母乳成分、腸内細菌叢形成、脳発達の3要因には関連性があると考えられるが、母乳成分と腸内細菌叢形成、そして脳発達との関連性を統合的に解析した研究は少ない。
そこで研究グループは今回、母乳成分が子の腸内細菌叢形成や脳発達に与える影響を解析するだけでなく、これら3要因の関係を統合的に解析し、母乳が仔の発達において果たしている役割のさらなる理解を目指した。
LAO1欠損母マウスの母乳を摂取した仔マウス、「空間記憶」に異常あり
研究グループはこれまでに、マウスの母乳中に含まれるL型アミノ酸オキシダーゼ1(LAO1)に着目して研究を行ってきた。その結果、LAO1が酵素反応の際に産生する過酸化水素が仔マウスの腸内細菌叢形成に関わることや、LAO1欠損マウスが記憶に異常を示すことを明らかにしてきた。これらのことから、LAO1欠損マウスは母乳成分、腸内細菌叢形成、脳発達の統合的な解析に適していると考えた。
まず、母乳中のLAO1が脳の発達に与える影響を評価するため、出生日に養母交換処置を行い、野生型またはLAO1欠損母マウスの母乳で育てられたLAO1欠損の仔マウスを用意した。成熟後に空間記憶を評価するモリス水迷路試験を行ったところ、LAO1欠損の母マウスに育てられた仔マウスには空間記憶の異常が見られた。
LAO1欠損母マウスの母乳を摂取した仔マウス、髄鞘関連遺伝子の発現が低下
これら仔マウスの乳仔期における海馬の遺伝子発現を評価したところ、野生型母マウスの母乳を摂取した仔マウスと比較して、LAO1欠損母マウスの母乳を摂取した仔マウスで髄鞘(神経細胞での信号伝達に重要な膜構造)関連遺伝子(Plp1、Mbpなど)の発現低下が認められた。また、これら仔マウスの糞便を無菌マウスに移植して腸内細菌叢による影響を調べたところ、LAO1欠損母マウスの母乳を摂取した仔マウスの糞便を移植された無菌マウスの海馬で髄鞘関連遺伝子の発現が低下していた。
LAO1による母乳中の過酸化水素産生が乳仔期マウスの腸内細菌叢形成を制御
次に、摂取した母乳の違いに起因する腸内細菌叢の変化が代謝物濃度を変化させ、腸管から血中に移行することで脳に影響を与えたと考え、仔マウスと糞便移植後の無菌マウスの血液を用いてメタボローム解析を行った。その結果、LAO1欠損母マウスの母乳を摂取した仔マウスおよびこの仔マウスからの糞便を移植された無菌マウスの血液でD-glucaric acidが上昇していた。さらに、D-glucaric acidの影響を生体内外で評価したところ、髄鞘関連遺伝子の発現を低下させる作用があることがわかった。
LAO1が酵素反応の際に産生する過酸化水素は抗菌作用を持つことが知られているため、LAO1欠損による母乳中の過酸化水素濃度の低下が腸内細菌叢形成異常、D-glucaric acidの産生増加、髄鞘関連遺伝子の発現低下につながったのではないかと仮説を立てた。そこで、LAO1欠損仔マウスに過酸化水素を投与し、海馬の遺伝子発現と血中D-glucaric acidを測定した。その結果、過酸化水素投与を受けたLAO1欠損仔マウスにおいてD-glucaric acid濃度の低下と髄鞘関連遺伝子の発現上昇が見られた。
これらの結果から、LAO1による母乳中の過酸化水素産生は乳仔期マウスの腸内細菌叢形成を制御し、D-glucaric acidの産生を抑制することで髄鞘関連遺伝子の発現を上昇させている可能性が示唆された。加えて、成長後のLAO1欠損マウスが空間記憶に異常を示すことについては、髄鞘や腸内細菌叢が空間記憶に重要であるという最近の報告をふまえると、同研究で得られた結果で説明できる可能性があるとしている。
母乳が持つ新たな役割を発見、人工乳改良など応用に期待
今回の研究により、母乳成分のLAO1が産生する過酸化水素が腸内細菌叢形成や髄鞘発達に重要であることが示された。これは、母乳が子の発達に対して持つ新たな利点を示すものと言える。加えて、腸内細菌叢の形成が脳発達に重要であるとする先行研究を裏付けるだけでなく、この2要因に母乳が果たす役割を解明することにつながった。
「今後、他の母乳成分に関しても研究が進むことで人工乳の改良などに応用され、個体の成長に有益な腸内細菌叢を形成することにつながることが期待される」と、研究グループは述べている。
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・東京農工大学 プレスリリース