手術適応サイズまで経過観察の腹部大動脈瘤、薬による予防・治療法が望まれる
大阪大学は5月31日、腹部大動脈瘤の患者に対して、トリカプリンを投与する世界初の臨床試験を開始したと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科中性脂肪学共同研究講座の樺敬人特任研究員、平野賢一特任教授、同循環器内科学講座、心臓血管外科学講座、放射線統合医学講座の研究グループによるもの。
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腹部大動脈瘤は、無症状のうちに少しずつ進行して突然破裂し命を奪う疾患で、現在、手術以外に有効な治療方法がないと考えられている。しかし手術は動脈瘤の大きさが50mmを超えるまでは行われず、CTやエコー検査をしながら経過観察されている。いつ破裂するかわからない強い不安の中で出来る治療が無く、薬による予防や治療法が強く望まれている。
トリカプリン、ラットで腹部大動脈瘤破裂予防・サイズ縮小
これまで、腹部大動脈瘤の進行や破裂を抑える目的でさまざまな薬物で臨床試験が行われてきたが、いずれも有効ではなかった。その中で近畿大学農学部応用生命化学科の財満信宏教授、大阪大学の平野賢一特任教授らの研究グループが行った先行研究の結果から、今回の臨床試験を計画した。ラットの動物実験でトリカプリンが腹部大動脈瘤の破裂を防ぎ、サイズを縮小させることが判明。
トリカプリンは、炭素(C)の数が10個の脂肪酸で構成される中性脂肪(TG)の一種で、C10-TGと表記されることもある。体内ですぐにエネルギー源として使用されるため、摂取しても血中の中性脂肪値や血糖値の悪化が起こりづらい。母乳やココナッツミルク、チーズ等に含まれるが、その含有量はごくわずかで腹部大動脈瘤に対して効果が期待できる量が入っていないため、動物実験にはトリカプリンを精製して純度を高めたものが使用された。
トリカプリンは既に他の病気の治療法として安全性が確認されていた。しかし、ヒトの腹部大動脈瘤への安全性や効果についてのデータがないため、現時点ではヒトに治療の目的で使えないことが課題だ。
腹部大動脈瘤患者10人対象、1日3回トリカプリンカプセルの安全性・有効性を検証
今回の研究は、腹部大動脈瘤の患者(50~85歳)が1日3回トリカプリンのカプセル(カプリンHI(R))を毎日服用する方法で安全性・有効性を検証する世界初の特定臨床研究。10人の小さな腹部大動脈瘤(直径45mm以下)を持つ患者を対象に1年間、栄養成分トリカプリンが、腹部大動脈瘤の患者で安全に使用できるか、ラットで見られた腹部大動脈瘤の退縮(縮小)効果がヒトで確認できるかを検討する試験だ。試験中は1日2.4g(6粒)のカプリンHIから服用を開始し、2週間様子をみてその後は4.8g(12粒)へ増量し、3か月に1度の診察を受ける。トリカプリンの効果の確認には診察や一般的な血液検査の他、造影剤を使った腹部CT検査を行い、詳しく解析を行う。
臨床試験参加者については、主に、既に腹部大動脈瘤の手術を予定している/大動脈の手術後/腎臓の機能が悪く治療中(eGFR≦30ml/min)/喘息で治療中/造影剤へのアレルギーがある、などのさまざまな条件に当てはまらない者を選定した。
腹部大動脈瘤の薬物治療実現に期待
今回の研究により、腹部大動脈瘤の退縮(縮小)が数例でも見られた場合、今後さらに大規模な臨床試験でトリカプリンの有効性を検証し、将来的に腹部大動脈瘤の薬物治療が実現できる可能性がある。また、トリカプリンによる治療が、今までにない手術以外の進行予防法となれば、医学界に与えるインパクトはとても大きく、治療指針(ガイドライン)や医療経済にも大きな影響を及ぼす、と研究グループは述べている。
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