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真皮と皮膚付属器を有する機能的な移植用皮膚作成法を開発-東京医歯大

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2024年05月14日 AM09:00

生物個体の環境を利用し、正常皮膚に近い移植用皮膚は作れるか

東京医科歯科大学は4月29日、個体発生の環境と細胞競合を利用して、幹細胞由来の移植用臓器を作成する新手法「ニッチ侵入法(Niche encroachment)」を開発し、多能性幹細胞由来のマウス皮膚を作成、さらに、マウスの羊水中にヒト細胞を注入することで、ヒト型の皮膚を作成することにも成功したと発表した。この研究は、同大高等研究院卓越研究部門幹細胞治療研究室の中内啓光特別栄誉教授、長野寿人非常勤講師、同実験動物センター疾患モデル動物解析分野の水野直彬助教の研究グループによるもの。研究成果は「Nature Communications」に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

皮膚は外界からのさまざまな攻撃から体を守る働きを担う人体で最大の臓器である。皮膚には最外層の表皮と真皮の他、毛髪や汗腺などの皮膚付属器がある。熱傷や外傷などにより皮膚が損傷した場合、患者本人の健常な部分から皮膚を採取して移植する手術(皮膚移植:いわゆる植皮術)が必要になることがある。健常な皮膚がないほど広範囲に損傷した場合、他人の皮膚による植皮術()、体外培養した上皮細胞(培養表皮)、組織工学で作成した皮膚代替物などの治療法がある。これらの一部はすでに臨床上で一定の成果を得ているが、いくつかの課題もある。

他家移植は恒久的には生着せず免疫によって拒絶されるため、長期的な皮膚の生着を目的としては使用できない。また、培養表皮やその他の皮膚代替物には真皮層や皮膚付属器(毛包や汗腺)がないため、深い傷への生着が困難なことや皮膚が本来持つ機能を再現できていないなどの課題がある。これらの課題を克服した移植用の皮膚の開発が望まれているが、複雑な器官や立体構造を模倣することが困難なため、いまだに達成できていない。そこで研究者グループは、複雑な器官や立体構造を構築するために、生物個体の環境を利用する臓器作成法を新たに開発し、これまでの皮膚代替物を超える正常皮膚に近い移植用皮膚の作成を目指した。

キメラマウス作成、表皮と付属器のある皮膚構築を確認

研究グループは、はじめに、ゲノム編集によってp63の機能を破壊した(p63ノックアウト)マウス受精卵とマウス多能性幹細胞とのキメラマウスを作成し、真皮と付属器を持つ多能性幹細胞由来の皮膚を作成することに成功した。

p63遺伝子は、皮膚のバリア機能を担う表皮の成長に重要な遺伝子で、この遺伝子の機能を失うと、表皮細胞が正常に分化せず、薄く剥がれやすい表皮となる。このp63ノックアウトマウス受精卵とp63の機能が正常なマウス多能性幹細胞を混ぜ合わせてキメラマウスを作成すると、多能性幹細胞由来の正常な表皮細胞が、隣接したp63ノックアウトマウスの「剥げやすい表皮細胞」を徐々に引き剝がしていき、最終的に多能性幹細胞のみに由来する表皮と付属器を構築することを発見した。

細胞競合によって多能性幹細胞由来細胞に徐々に置換、臓器不全による異常を回避

このように正常な細胞が隣接する異常細胞を取り除いていく現象は、近年発見された新しいタイプの細胞間相互作用で「」と呼ばれる。多能性幹細胞由来の表皮は、細胞競合の原理に基づき、自己の成長に必要な環境(ニッチ)をp63ノックアウト胎仔から奪い取りながら、毛包などの複雑な器官を形成する。研究グループは、この細胞競合を利用した臓器作成法を「ニッチ侵入法」と名付けた。

ニッチ侵入法の利点として、細胞競合によって臓器が多能性幹細胞由来の細胞に徐々に置換されていくため、臓器不全による胎仔発生異常を回避できる点がある。個体の発生環境を利用する臓器作成法として、研究グループは以前に「」を開発していた。この手法では、遺伝的に特定の臓器を完全欠損する動物を利用して、ドナー多能性幹細胞由来の臓器を作成していた。ドナー型の臓器が構築されるまでの間は、胎仔が一時的に臓器不全となるので、発生遅延や胎仔致死のリスクがあり、目的の臓器作出の効率が低下するリスクがあった。一方、ニッチ侵入法では臓器が欠損することがなく徐々に置き換わっていくため、これらの問題を回避することが可能となった。

作成したマウス皮膚を移植、免疫抑制剤なしで永久生着し長期の発毛を確認

研究グループは次に、ニッチ侵入法で作成したマウス皮膚を移植片として利用できるかについて、移植実験で検証した。一般に皮膚は他の臓器と比較して免疫原性が強いため、強力な免疫抑制剤を使用した場合でも他家移植(他人の皮膚による植皮術)すると短期間で拒絶されてしまう。今回作成したマウス皮膚の移植片の中にも、他家移植と同様に拒絶の原因となりうる自己の細胞以外の成分、具体的には真皮中の毛細血管などが含まれていたが、免疫抑制剤の投与を行わなくても移植片は永久生着した。しかも移植後の皮膚片からは、付属器である毛包からの発毛が長期で見られた。この結果は、皮膚移植における免疫反応の主因は、真皮ではなく表皮細胞への拒絶反応であることを示唆している。

発生途中のマウス胎仔の羊水中にヒト表皮幹細胞を注入、ヒト型の皮膚作成にも成功

さらに、受精卵と多能性幹細胞とのキメラ作成ではなく、発生途中のマウス胎仔の羊水中にヒト表皮幹細胞を注入してヒト型の皮膚を作成することにも成功した。ヒト表皮幹細胞はマウス胚体表上の広い範囲に拡大・増殖しており、ニッチ侵入法によって効率的にヒト型の皮膚へ成長できることが示唆された。胚盤胞補完法で移植用臓器を作るためには、キメラ個体の臓器に成長できるような高品質の多能性幹細胞を作成する必要があるが、ニッチ侵入法では必ずしもキメラを作成しなくても組織幹細胞を用いることで移植用の臓器を作成できる可能性があることが示された。

ブタなどの大動物へ応用することで完全なヒト皮膚を作成できる可能性

研究により、p63ノックアウト胎仔の発生環境と細胞競合により効率的に移植用皮膚を作成できることが明らかになった。マウスよりも妊娠期間の長いブタなどの大動物へ応用することで、毛包等の全ての皮膚構成要素を備える完全なヒト皮膚を作成できる可能性が示唆された。「深い傷にも生着可能で、皮膚のバリア機能を迅速に回復させつつ、毛包や汗腺などの本来の皮膚の構成要素である付属器を併せ持った移植用皮膚を作成することは、外傷や熱傷などの治療において患者の救命のみならず、その後の生活の質の改善にも大きく貢献することが期待される」と、研究グループは述べている。

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