呼気による診断、情報の複雑さや環境・個人差などの影響が課題だった
筑波大学は4月25日、嗅覚センサと機械学習を組み合わせることで、肺がん患者の術前と術後の呼気を高い精度で識別できる可能性を実証したと発表した。この研究は、同大附属病院呼吸器外科の佐伯祐典病院講師、医学医療系の巻直樹客員研究員、北澤伸祐講師、佐藤幸夫教授、NIMS(物質・材料研究機構)高分子・バイオ材料研究センターの根本尚大エンジニア、南皓輔主任研究員、今村岳主任研究員、吉川元起グループリーダー、マテリアル基盤研究センターの田村亮チームリーダー、茨城県立中央病院の稲田勝重研究員、磯田愉紀子研究員、小島寛副院長らの研究グループによるもの。研究成果は、「Lung Cancer」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)
肺がんは世界中で最も高い死因となるがんの一つで、その死亡率を下げる鍵は早期発見と早期治療にある。しかし、早期の肺がんはほとんど症状を示さず、多くの場合、発見と治療が遅れがちである。現在、肺がんのスクリーニングには主に低線量コンピューター断層撮影(CT)が用いられているが、この方法は放射線被曝のリスクを伴い、コストが高く、さらに早期肺がんの発見においては偽陽性率が高い(56~96%)という問題も指摘されている。これらの課題を解決するため、安全で簡便、低コスト、非侵襲、かつ高精度な新たなスクリーニング方法の開発が強く望まれている。
この新たなスクリーニング方法として期待されているものの一つに、呼気による診断がある。ヒトの呼気には多くの化合物が含まれており、その一部は、健康状態や病気の有無に関連する可能性が報告されている。そのため、呼気を分析することで肺がんなどの疾患を早期に検出できる可能性がある。しかし、呼気による肺がんの早期診断法の開発には、呼気に含まれる情報の複雑さに加え、環境や個人差など、さまざまな影響を受けることが大きな課題となっていた。
開発した嗅覚センサを用い肺がん手術を受けた患者の呼気測定、機械学習モデル構築
研究グループは、最先端の計測・解析技術により、呼気による肺がんスクリーニング技術の可能性を実証した。今回の研究では、まずNIMSを中心に開発された超高感度嗅覚センサMSSを用いて、同大附属病院で肺がん手術を受けた66人の患者から、手術前後に提供された呼気を測定した。こうして得られた呼気に対するMSSの応答シグナルを解析し、肺がんの有無を予測する機械学習モデルを構築した。
患者背景や再現性考慮した測定・解析方法採用、高精度に予測可能なモデル開発
これまでも、呼気によるがん診断に関する研究は報告されているが、この研究では、同一の肺がん患者の、手術前と手術後の呼気を採取・測定することにより、患者背景(年齢・性別・喫煙歴・肝機能・腎機能など)の影響を抑えて実験を行った点、研究グループによって開発された、再現性の高い呼気採取・測定プロトコルを採用し、呼気サンプルの採取は、温度と湿度が管理された部屋で慎重に行われた点、呼気に含まれるさまざまな成分に対して、それぞれ異なる応答性を示す高感度センサMSSを12チャンネル用意し、全チャンネルの組み合わせ(4,083通り)について機械学習予測モデルを構築して網羅的な検証を行った、という点が特徴となる。
結果として構築した機械学習モデルでは、80%を超える精度(正解率80.9%、感度83.0%、特異度80.7%、陽性適合率80.6%、陰性適合率81.2%)で肺がんの有無を予測可能であることが実証された。
早期発見を実現する方法となる可能性、今後さらに評価方法の確立を進める予定
この研究成果は、呼気の分析が、肺がんの早期発見を実現する新たなスクリーニング方法となる可能性を示している。
一方で、この研究はあくまで試験研究の段階であり、単一の医療機関で、同一の装置(MSS標準計測モジュール)を用いた実験となっている。また、初期ステージでのスクリーニングの可能性については十分に検証ができておらず、全サンプルにおける肺がん患者数の分布も、実際の医療診断やがん検診の現場での分布とは異なっているなどの課題もある。
「今後、各種の高精度ガス分析装置を用いた実験や、肺がんに限らず、がんによって変化する代謝経路も考慮した実験なども行い、がん由来の化合物(バイオマーカー)を特定することで、さらに科学的根拠に基づく評価方法の確立を進めていく予定」と、研究グループは述べている。
▼関連リンク
・筑波大学 プレスリリース