免疫寛容へとつながる大腸がん微小環境の変化は未解明
九州大学は4月13日、アジア人大腸がん患者のシングルセルRNAシークエンスデータ(scRNA-seq)を用いて深層生成モデルを活用した統合解析を実施し、早期大腸がんにおけるがんと腺腫の境界部から生じる腫瘍細胞の増殖・免疫寛容に関与する仕組みを新たに明らかにしたと発表した。この研究は、同大別府病院の三森功士外科教授、大阪大学医学部附属病院の橋本雅弘医員(研究当時)、大阪大学大学院医学系研究科消化器外科学の江口英利教授、土岐祐一郎教授、東京医科歯科大学難治疾患研究所計算システム生物学分野の島村徹平教授、国立がん研究センター研究所計算生命科学ユニットの小嶋泰弘ユニット長、東京大学新領域創成科学研究科の鈴木穣教授、関西医科大学附属生命医学研究所がん生物学部門の坂本毅治学長特命教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「eBioMedicine」にオンライン掲載されている。
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大腸がんは、世界で3番目に多いがんであり、日本においても致死率や罹患率は高い疾患である。免疫チェックポイント阻害剤をはじめ新たな治療法が開発されてきているが、さらなる予後改善のため、大腸がんの発がん・進展機構や免疫寛容機構の解明による新たな治療アプローチの開発が必要とされている。同大別府病院は、早期大腸がんおよび前がん病変において、一腫瘍多領域検体解析を用い、がんの早期段階でドライバー変異自身が多様性を形成、そこから強力なドライバー変異が選択されて進行がんへと進展するというがんの進化モデルを示した。しかし、腫瘍細胞自身のDNAの変化は解明されているが、免疫寛容へとつながる、がん微小環境の変化に関しては明らかになっていない。
scRNA-seqと空間的転写産物解析の統合で、腫瘍と他の細胞群の相互作用解析が可能に
scRNA-seqは、組織内の個々の細胞に対して1細胞レベルでRNAシークエンスを行い、遺伝子発現レベルを測定する技術であり、広く普及している。しかし、空間情報がないため、大腸がんの腺腫病変からがんへの変化における、腫瘍細胞と他の細胞群との細胞間相互作用に関する重要なメディエーターはこれまで明らかにされていなかった。
研究グループは先行研究において、進行大腸がんを対象にscRNA-seqと空間的転写産物解析(ST-seq)とを統合解析してがん微小環境の解明に成功していた。今回、早期大腸がんを対象に新たな解析パイプラインを用いた統合解析を実施し、腺腫とがん、それぞれの腫瘍細胞とクロストークする細胞を解析し、さらにリガンド/レセプターの関係性から新たな治療標的分子の探索を試みた。
早期大腸がんのST-seqとscRNA-seqを統合解析、MDKがTregへ作用する重要なシグナル分子と判明
今回の研究では、腺腫とがんが存在する腺腫内がんである早期大腸がん5例と進行大腸がん1例についてST-seqを行い、Publicのアジア人大腸がん患者23例のscRNA-seqと、深層生成モデルを用いた統合解析を行った。腫瘍細胞は、がんと腺腫の境界部において、制御性T細胞(Treg)と共局在しており、細胞間相互作用においてMidkine(MDK)が腫瘍細胞からTregへと作用する重要なシグナル分子であることを明らかにした。またTregの共局在化に関連するMDKの受容体としてSyndecan4(SDC4)を同定した。さらにヒト大腸がん株化細胞を用いて、MDK-SDC4相互作用がTreg様細胞の運動を促進することを確認した。最後に、大腸がんにおける臨床解析により、MDK発現は早期の段階で正常に比べて上昇し、MDK/SDC4の発現レベルの増加は全生存率の低下と相関することを確認した。
早期大腸がん予測だけでなく、免疫療法の治療標的につながる可能性
今回、早期がん組織における空間的かつ単一細胞レベルでの腫瘍細胞と間質細胞の共局在解析によりMDK-SDC4を介した免疫寛容経路を明らかにした。前がん病変の時点における、MDKシグナル経路は、早期大腸がんの発がん予測につながる可能性が期待される。「さらに、免疫チェックポイント阻害剤が用いられる高頻度マイクロサテライト不安定性がん以外の大多数の大腸がんに対する免疫療法として、新たな治療標的となる可能性が示唆された」と、研究グループは述べている。
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・九州大学 研究成果