認知症診断直後からACP開始が理想、現実には困難が伴う
東北大学は4月10日、認知症に特化したアドバンス・ケア・プランニング(ACP)のガイドライン策定を目的として、2021年9月~2022年6月にかけて33か国107人の専門家から意見を集約するパネル調査を行い、ACP実践モデル開発が重要な課題として挙げられ、「一般の人にACPの考え方を普及させること」などを含む11の政策提言をまとめ発表したことを明らかにした。この研究は、同大大学院医学系研究科精神看護学分野の中西三春准教授、ライデン大学医学部のジェニー・ヴァンデスティーン准教授らが結成した欧州緩和ケア学会の認知症ACPタスクフォースによるもの。研究成果は、「Lancet Healthy Longevity」にオンライン掲載されている。
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2022年に発表された論文によれば、認知症の人は2019年時点で世界に5740万人いるとされ、2050年には1億5280万人に達する見込みだ。認知症の特徴はもの忘れにとどまらず、意思決定能力が次第に損なわれていく点にある。本人の意向がわからないなかで、家族や従事者が医療やケアにまつわる難しい判断を迫られることは少なくない。
欧州緩和ケア学会は23か国64人の専門家パネルによる意見を集約した「認知症緩和ケア白書」(2014年)で、意思決定能力の喪失という特徴に応じた認知症ケアのあり方を定義し、ケアの目標は生活の質を最大限高めることにあるとした。世界的な科学的知見をメタ分析して認知症の予防やケアに関するガイドラインをまとめた「ランセット認知症予防、介入、ケアに関する国際委員会の報告書」(2020年)でも同白書の定義がふまえられている。これらの白書や報告書において、認知症の人が意思決定能力をもっているうちに、ACPを始めることを推奨している。欧州緩和ケア学会が2017年に発表した定義では、ACPは「将来の医学的治療とケアにおけるその人なりの目標や選好を見出すため、家族や医療従事者と話し合い、その選好を記録しておき、後で見直す」プロセスを指す。日本ではACPの愛称を「人生会議」と定め、人生会議とは「もしものときのために、自分が望む医療やケアについて前もって考え、家族等や医療・ケアチームと繰り返し話し合い、共有する取り組み」としている。
ACPでは未来の仮定的な状況を想像して考えることが必要になるため、理想的には、認知症の診断直後から開始するべきといわれている。しかし認知症の診断は本人にも家族にも精神的に大きな動揺をもたらしうる出来事であり、心の準備が整わないうちに進めるべきではないとも考えられている。そのため、医療従事者もいつACPを始めるのが良いのかわからない、話し合いを通じて本人の中に将来への悲観や絶望を生むのではないかとためらうといった困難を抱えている。一方で、認知症の人や家族はしばしば先のことが気になりながらも自分たちからはその話題を切り出せずに、医療従事者が話を始めるのを待っていることがある。したがって医療従事者がよりACPを前向きに始められるよう、後押しすることが重要だ。
欧州緩和ケア学会タスクフォース、33か国107人の専門家に調査
欧州緩和ケア学会は2019年に、中西准教授らを含む14人の専門家チームによる「認知症ACP」タスクフォースを結成した。タスクフォースでは、「1.認知症におけるACPとはどのようなものかという基本的な概念」「2.従事者に向けた臨床ガイドライン」「3.将来の政策と研究の提言」の3つの目的を達成するため、デルファイ法による調査を行った。今回の論文はこのうち「将来の政策と研究の提言」ついて発表したものだ。
デルファイ法では、特定のテーマについての専門家を集めて意見を求め、得られた回答を統計的に集約してとりまとめ、同じ参加者にフィードバックして意見を再度求める。この質問とフィードバック、意見の再考というプロセスを繰り返して、最終的な合意点(コンセンサス)を見出す。
研究グループは、2021年9月~2022年6月にかけて33か国107人の専門家を対象に、合計4回のパネル調査をオンラインで実施した。調査に先立ち、タスクフォースで先行研究をレビューし、政策提言の案を作成した。調査の参加者にこの案を提示し、それぞれの提言にどのくらい賛成か5件法で尋ねた。政策と研究については、より幅広く意見を求めるため、自由記述形式で「今後の研究で最も重要なこと」「回答者の国で最も大きな政策上の課題」「国際的にみて最も大きな政策上の課題」への回答を依頼した。
「ACPへのアクセスが公正であること」など11の提言で合意
政策提言に対しては、合計11の提言で最終的に合意が得られた。提言の内容には、意思決定を人権としてとらえること、一般の人にACPの考え方を普及させること、ACPを促す財源や組織的な支援、事前指示書の規定を作ること、ACPへのアクセスが公正であること、認知症があっても自分の価値観を表明できるような会話のアプロ―チを目指すことなどが含まれている。
政策上の課題「現行の法・サービスでは認知症の人の意思決定が想定されていない」
「今後の研究で最も重要なこと」としては、認知症に特化したACPの実践モデルの開発が挙げられた。認知症に特化したACPとは、具体的には、認知機能の障害をもつ人と家族が意思決定のプロセスに最大限参加できコミュニケーションができる、かつ時間の経過や状況の変化に応じて前に決めたことを変えていけるというものだ。
一方、「政策上の課題」としては、回答者の国でも国際的にみても、現行の医療介護サービスや法制度で認知症の人の意思決定が想定されていないことが挙げられた。ACPに対応する医療や介護の報酬が無いために実践が進まないという意見があった一方で、報酬に誘導されて「tick box exercise(形式的な確認手続き)」が起こってしまう(とにかく決めて記録することが主目的になり会話やコミュニケーションがもたれない)懸念を示す回答者もいた。法制度については、ある国では本人の代理となる人を決められなかったり、認知症があるとその時点でどんな意思決定も無効と見なされてしまったりする、といった状況が言及された。社会的な側面として、認知症ケアでも一般的な医療体制でも、認知症のACPに必要な関心が払われていない点が指摘されていた。こうした状況を打開するために、政策やルール化に向けたアクションを求める声が挙げられていた。
認知症ACP実践モデルの科学的根拠の積み重ねと施策展開の両輪が求められている
研究結果は、認知症の人が排除されることのないより包摂的なACPに向けて、実践モデルの科学的根拠の積み重ねと施策展開の両輪が求められていることを示唆している。また、今回の国際提言は実践モデルの開発、そのモデルに基づくACPの実践のガイドライン策定といった展開につながるものだ。「研究で示された研究や政策の課題は、認知症以外の、意思決定能力に影響する疾患や障害(例:知的障がい)を有する人たちにおけるACPとも共通するところが多いと考えられる。今後より包摂的なACPの実践を目指し、他の疾患・状態像における専門家の合意形成が望まれる」と、研究グループは述べている。
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