医療従事者の為の最新医療ニュースや様々な情報・ツールを提供する医療総合サイト

QLifePro > 医療ニュース > 医療 > 報酬とリスクのバランス選択に関わる脳の神経回路をサルで特定-京大ほか

報酬とリスクのバランス選択に関わる脳の神経回路をサルで特定-京大ほか

読了時間:約 3分20秒
2024年01月12日 AM09:20

「ハイリスク・ハイリターン」と「安全策」の選択をヒトはどう決めるのか

京都大学は1月5日、報酬とリスクを獲得するバランスの制御に関わる霊長類の戦略的意思決定の脳神経回路機構を解明したと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科の佐々木亮助教、伊佐正教授(兼・京都大学ヒト生物学高等研究拠点 主任研究者)、奈良先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科の太田淳教授、自然科学研究機構生理学研究所の小林憲太准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Science」に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

ヒトを含めた動物は、生存のため自然環境に柔軟に適応し、戦略的に行動を選択する必要がある。例えば、人生の岐路やスポーツ戦術、採餌行動などにおいて、動物は、生得的にリスク回避的に行動するが、報酬を得るためには、時としてリスクを受け入れる必要がある。このような状況下において、リスク(失敗確率)とリターン(報酬)のバランスをどのように取るか、すなわち目標達成のために「高い失敗確率・高い報酬量(ハイリスク・ハイリターン:HH)」か、「低い失敗確率・低い報酬量(ローリスク・ローリターン:LL)」を選択するかは、その場面・状況や自他の環境などに応じた柔軟な意思決定に基づくものとなる。しかし、報酬とリスクの情報を統合し、そのバランスを柔軟に制御する脳神経回路のメカニズムについては、不明な点が多いままだった。そこで研究グループは、マカクサルを用いて、その意思決定を詳細に定量化し、計算論的神経科学の手法によって意思を解読することを試みた。

腹外側6野下端がリスク嗜好性を担う主要な部位である可能性、サルの実験で

はじめに、HHかLLか(報酬確率と報酬量の組み合わせで設定)、どちらかを選択するという単純な二者択一課題をサルに遂行させた。すると、サルはHHをより好む傾向(リスク嗜好性)を示した。この課題遂行中に前頭前野のさまざまな領域を細かく分けて網羅的に抑制してみると、特に腹外側6野下端(6V)において、リスク嗜好が消失することが明らかとなった。すなわち、6Vがリスク嗜好性を担う主要な部位である可能性が示されたことになる。

HH嗜好が高まる部位とLL嗜好が高まる部位を、光遺伝学的手法を用いて発見

次に、報酬獲得に関する意思決定に重要な役割を担っている中脳の腹側被蓋野(VTA)から、この6Vへの脳回路に着目し、選択的に光遺伝学的手法を用いて刺激してみることにした。すると、HH嗜好が高まる部位(腹側:6VV)とLL嗜好が高まる部位(背側:6VD)が見つかった。このように個別の経路を選択的に活性化することでサルの嗜好を調節することに成功した。さらに、この光照射による活性化が実験日を超えて蓄積する長期効果があることもわかった。これらのことから、VTA-6VV経路を光照射し続けるとリスク嗜好が持続的に増強し、一方でVTA-6VD経路を光照射し続けると、リスク嗜好が緩和したことがわかった。

リスク嗜好的な意思決定、VTA-6VV経路の繰り返し刺激で依存的に蓄積する傾向を示唆

また、脳活動も同時に記録して、光刺激によるHH嗜好の依存効果と脳活動の関係を比較したところ、有意な脳活動の変化が確認された。この6V脳領野の神経活動を用いて、神経計算論的デコーディング解析からサルの意思を解読することにも成功した。これらの結果は、リスク嗜好的な意思決定様式が、VTA-6VV経路の繰り返し刺激による活性化により、依存的に蓄積する傾向を示唆している。

サルを用いた高度な認知課題において、光遺伝学的手法により脳回路操作の効果をロバストに観察できた前例は極めて少なく、技術的にも世界の最先端を行く先駆的な研究といえる。さらに、光刺激による脳活動の変化を記録・解析し、行動の変化までを説明した世界で初めての研究成果となる。

精神神経疾患の治療法の開発につながる可能性

霊長類における複数の脳領域間の複数神経回路ネットワークダイナミクスが解明され、皮質下から皮質への広汎な神経回路ネットワークの制御により意思決定を外因的にコントロールできれば、精神神経疾患にみられる諸症状を脳の神経回路ごとに説明することが可能となり、将来的には精神神経疾患の治療法の開発を導く可能性を秘めている。例えば、ギャンブル依存症などの精神神経疾患に特徴的な意思決定の障害に対して、関与する神経回路の内外因的制御によるリハビリ治療の実施など、臨床的貢献への期待が高まると考えられる。

加えて、この研究は、動物の柔軟かつ合理的な意思決定の仕組みを神経基盤レベルにおいて解明しようとする点において、重要な知見を与えるものである。こうした意思決定機構研究の蓄積は、神経科学のみにとどまらず、情報学、工学、経済学などとの連携により、脳機能の発育・発達、改善、そして最適に訓練・修復していくような新手法の提案が期待でき、産業・社会分野における新技術開発にも貢献できるものとなり得る。

「近年における脳科学の急速な発展に伴い、より介入的な方法で精神神経疾患を「治療する」時代が訪れようとしている中、例えばこれまで難治性とされていた精神神経疾患で苦しむ人々にとっての朗報が、人間に備わっている「個としての心の在り方」を変容させてしまうことも懸念する必要がある。神経科学研究の発展を取り巻く倫理的課題についても、議論を併行させていくことが望まれる」と、研究グループは述べている。

 

同じカテゴリーの記事 医療

  • 血液中アンフィレグリンが心房細動の機能的バイオマーカーとなる可能性-神戸大ほか
  • 腎臓の過剰ろ過、加齢を考慮して判断する新たな数式を定義-大阪公立大
  • 超希少難治性疾患のHGPS、核膜修復の遅延をロナファルニブが改善-科学大ほか
  • 運動後の起立性低血圧、水分摂取で軽減の可能性-杏林大
  • ALS、オリゴデンドロサイト異常がマウスの運動障害を惹起-名大
  • あなたは医療関係者ですか?

    いいえはい