男性の加齢による精子や妊よう性への影響の詳細は不明だった
東京大学は1月5日、精巣・精巣上体の老化が精子や受精卵の発育に及ぼす悪影響を発見したと発表した。この研究は、同大大学院農学生命科学研究科の遠藤墾助教と、大阪大学微生物病研究所の伊川正人教授(兼:東京大学医科学研究所 特任教授)らの研究グループによるもの。研究成果は、「Communications Biology」に掲載されている。
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近年の晩婚化を背景に、ヒトでは男性の加齢による精子や妊よう性への影響が注目されている。また、牛や豚を含む畜産動物でも、加齢した雄の繁殖障害として精子の数や質の低下が知られ、雌の受胎率低下のリスクとして認識されている。しかしヒトや畜産動物では、非侵襲性の精液検査や微量の精巣組織採取(バイオプシー)による集積的な症例報告が主であり、詳細な解析が困難だった。
また、ヒトでは生活習慣や環境感受性の個人差も大きく、加齢による精子や妊よう性の変化が、生活習慣・環境因子の長期的な影響によるものか、生物学的な老化現象によるものかは不明だった。
雄マウスの精巣・精巣上体の体細胞で「老化関連β-ガラクトシダーゼ活性」が上昇
研究グループは今回、ヒトを含めた雄性哺乳類の加齢における妊よう性や精子機能の変化とそれぞれの相関性について、遺伝的・環境的に統制された近交系の雄マウスを用いて網羅的に解析し、これらの変化の特定とその原因究明を試みた。
雄マウスを若齢期から老齢期まで若い雌と交配させ続けたところ、雄の加齢とともに雌が出産する仔の数が徐々に減少しており、この減少(妊よう性の低下)に、雄の交尾頻度や雄性ホルモンであるテストステロン量は関連しないことがわかった。
そこで、精子を生産する器官である精巣と、精巣で作られた精子を受精までの間貯蔵する器官「精巣上体」に着目したところ、精巣と精巣上体それぞれの体細胞で「老化関連β-ガラクトシダーゼ活性」が上昇し、老化細胞による両器官の炎症が見られた。このことから、精巣や精巣上体の老化による機能低下が、妊よう性の低下の原因であると考えられた。
精巣上体に貯蔵された精子の形態などに異常が蓄積し、精子の運動性が低下
加齢した精巣を構成する精細管の内部では、精子の元となる精原細胞の増殖が低下することで、生産される精子数が減少していた。また、作られた精子を精細管の内腔に放出して精巣上体に移行させる機能が低下し、精巣上体の精子数の減少につながることを発見した。加齢した精巣上体では、貯蔵された精子の形態や微細構造に異常が蓄積していき、このため精子の運動性も低下し、受精率低下の原因となっていたという。
妊よう性低下の原因は、精巣・精巣上体の老化による受精率・受精卵発生率の低下
続いて、加齢精子と受精できた卵子に着目し、その後の発生(発育)を観察したところ、発生率も低下していたが、精子の受精率低下と受精卵の発生率低下は相関しないことを発見した。これにより、加齢した精巣上体は精巣よりもDNA損傷を受けやすい内部環境となっており、その環境下で貯蔵された精子にDNA損傷が蓄積し、発生率低下の原因となることが明らかになった。
以上より、精巣・精巣上体の老化が精子の受精率低下と受精卵の発生率低下を独立して引き起こし、妊よう性低下に至ることが判明した。
加齢男性の妊よう性低下に対する治療法開発につながる可能性
今回の研究成果は、雄の加齢と妊よう性、および精子の質・量の低下との相関性、さらにその実態を生物学的に解明した重要な発見と言える。
「加齢による妊よう性低下は、男性(雄)の生殖器官の老化にも起因することが明らかになった。今後は、加齢男性や雄の畜産動物にみられる妊よう性低下の原因理解とともに、新たな治療技術や予防技術の確立につながることが期待される」と、研究グループは述べている。
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・東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部 研究成果