妊娠期の農薬曝露と生まれてきた子の行動異常を結び付ける病態発症メカニズムは不明
富山大学は12月1日、マウスを用いた動物実験を通して、妊娠母体へ農薬「グルホシネート」を投与することで、その仔マウスの神経細胞でシナプスの形成量が減少することを発見したと発表した。この研究は、同大医薬系技術部基礎医学部門細胞機能分野分子神経科学講座の和泉宏謙と学術研究部医学系分子神経科学講座の吉田知之准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Frontiers in Molecular Neuroscience」に掲載されている。
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神経発達障害(自閉スペクトラム症や注意欠陥多動性障害など)の病因の一つとして、妊娠期の母体が曝露されるさまざまな環境要因が考えられている。
農薬をはじめとした環境化学物質もその一つと考えられており、数多くの研究によって細胞レベルの応答変化と個体レベルでの行動変化に関するデータが蓄積されてきた。しかし、妊娠期の農薬曝露と生まれてきた子どもの行動異常を結び付ける病態発症メカニズムについてはあまりよくわかっていなかった。
グルホシネートを投与したマウスで、シナプス形成量が減少
シナプスは神経細胞同士が連絡を取るための接点であり、神経ネットワークの構築や神経情報伝達の要となる構造だ。研究グループは今回このシナプスに注目し、妊娠期の雌マウスに対してグルホシネートを投与し、その胎児の培養神経細胞を用いてシナプス形成の解析を行った。その結果、グルホシネートを投与していない場合と比べてシナプス形成量が減少することを発見した。
神経細胞にグルホシネートを直接作用させた場合、シナプス形成量は変化せず
また、この実験の再現性を確認したところ、個々の妊娠マウスで、その減少の割合が異なることが判明した。一方で、培養中の神経細胞にグルホシネートを直接作用させてもシナプスの形成量はほとんど変化しなかったという。
母体を介しグルホシネート投与を受けた胎児脳で神経細胞の発達が僅かに遅延
続いて、母体を介してグルホシネート投与を受けた胎児の培養神経細胞について、その発達段階に沿って遺伝子発現解析を行ったところ、培養10日目にてシナプスや神経発達に関連した遺伝子群の発現が一過的に変動することが判明。また、母体を介してグルホシネート投与を受けた胎児の脳で抑制性ニューロンの1種であるパルブアルブミン陽性細胞の数を調べたところ、生後14日目にその数が一過的に減少していた。
以上より、妊娠期におけるグルホシネート曝露は、母体環境に変化を与えることで母体内の胎児に対して間接的な作用が生じ、結果としてシナプス形成量が減少すると考えられた。また、引き起こされる神経発達の僅かな遅延(異常)は、成長とともにその差が見えなくなることが考えられるという。
母子間メディエーターの解明が新規治療開発に役立つ可能性
今回の研究により、妊娠期のグルホシネート曝露が神経細胞のシナプス形成に影響を及ぼすことが明らかになった。最近、妊娠期のウイルス感染や高血圧症と子どもの神経発達障害の因果関係が考えられているが、これらには共通の病態発症メカニズムが存在する可能性がある。今後、シナプス形成の調節機能を破綻させる分子メカニズムの解析をさらに進め、鍵となる母子間メディエーターを明らかすることで、新しい予防・治療法の開発に役立つことが期待される。一方、今回のマウスを用いた動物実験から得られた結果をそのまま実生活に当てはめて考えることができるか否かは現時点では不明だとしている。
「マウスとヒトとの動物種差がどのように構成されているかを理解し、ヒトで直接得られない環境要因の影響を動物実験のデータから推定するためのシステム作りが重要であると考えられる」と、研究グループは述べている。
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・富山大学 プレスリリース