広く使用されている胃薬「PPI」は認知症リスクを高める?
長年にわたってプロトンポンプ阻害薬(PPI)を処方されている高齢者では、認知症を発症するリスクが高まる可能性のあることが、新たな研究で示された。米ミネソタ大学公衆衛生学部教授で血管神経学者のKamakshi Lakshminarayan氏らによるこの研究結果は、「Neurology」に8月9日掲載された。
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この研究は、PPIの長期使用に伴う潜在的な危険性を明らかにした研究の中で最新のものだ。PPIは医師によって処方される医療用医薬品のほか、一般用医薬品(OTC医薬品)としても販売されている。PPIは慢性的に胃酸が食道に逆流し、胸やけの症状などをもたらす胃食道逆流症(GERD)に対して処方されてきた。しかし近年、PPIの長期使用が心筋梗塞や腎臓病、早期死亡などさまざまな健康リスクに関連することを示した研究結果が相次いで報告されている。2016年には認知症もこのリスクに含まれることを示唆する研究が発表されて話題となった。
問題はこれらの健康リスクの原因がPPIであることを証明した研究は一つもないという点だ。今回の研究には関与していない、米スクリプス・ヘルスの消化器専門医で米国消化器病学会(AGA)のスポークスパーソンでもあるFouad Moawad氏は、「過去の研究では、PPIと認知症との関連を否定する結果もあれば、PPIによる認知症リスクの低下を示す報告もあり、一貫していない。このことは患者と処方する側の双方に混乱を招いている」と指摘する。
Lakshminarayan氏らは今回、数千人の米国人の心臓の健康状態を追跡調査することを目的とした米政府による長期研究(ARIC研究)のデータを用いて、2011~2013年の調査時に認知症がなかった5,712人の参加者(平均年齢75.4±5.1歳、女性58%)を対象に解析を行った。なお、当時PPIを使用していた参加者の割合は4人に1人程度(25.4%)だった。
5.5年間(中央値)の追跡期間中に、585人が新たに認知症を発症していた。年齢や糖尿病、高血圧の有無などを調整して解析した結果、累積で4.4年を超えてPPIを使用していた長期使用者では、PPIを一度も使用したことがない人と比べて認知症を発症するリスクが33%有意に高いことが示された。これに対して、短期使用者(1日〜2.8年)や中期間の使用者(2.8年超〜4.4年)では、有意なリスク増加は認められなかった。ただし、この研究では、OTC医薬品のPPI使用者は解析対象から除外されていた点に注意が必要である。
Moawad氏は、過去のほとんどの研究と同様、今回の研究も観察研究であり、研究参加者を追跡してPPIの使用と認知症の新規発症との関連を調べたものであることを指摘。「PPIを長期間使用している高齢者と、そうでない高齢者の間にはさまざまな差異がある可能性があり、それらを全て考慮に入れるのは難しい」との見方を示している。Lakshminarayan氏も「研究では、因果関係ではなく関連が認められたに過ぎない」と説明。また、4.4年超という長期間のPPIの使用と認知症リスクの上昇との間に関連が認められだけであることも強調している。
実際にPPIの長期使用が認知症の発症を促すとしても、その機序は不明だ。機序に関しては、これまで、さまざまな説が提唱されている。そのうちの一つの説では、PPIはビタミンB12欠乏をもたらすことがあり、それが認知症の症状の要因となっている可能性が指摘されている。また、マウスの研究からは、PPIが脳内のアミロイドプラークの蓄積量を増加させることも示されている。しかし、これらは全て推測の域を出ていない。
最近、「Gastroenterology」に発表された約1万9,000人の高齢者を対象とした研究では、PPIの使用と認知症や認知機能の低下に関連は認められなかったとの結果が示されている。同研究を報告した米マサチューセッツ総合病院の消化器専門医のAndrew Chan氏は、Lakshminarayan氏らの研究で示されたPPIに関連する認知症リスクの上昇は「統計学的には五分五分である」と指摘し、結果を慎重に解釈する必要があると注意を促している。
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