胚発生に重要なミトコンドリアに着目
横浜市立大学は8月17日、ヒトの胚発生とミトコンドリアDNA(mtDNA)の関係性に着目し、mtDNAに存在する変異の数と、着床後胚発生について研究を行った結果、着床後胚発生において良好な経過をたどる胚や、正常染色体として発生する胚ではmtDNA変異の数が少ないということを発見したと発表した。この研究は、同大附属市民総合医療センター生殖医療センター(現:臨床研究部)の伊集院昌郁助教、同センター村瀬真理子准教授、藤田医科大学医科学研究センター分子遺伝学研究部門の倉橋浩樹教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Frontiers in Cell and Developmental Biology」に掲載されている。
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生殖補助医療(Assisted Reproductive Technology、ART)は不妊治療における重要な治療方法として世界的に行われている。ARTでは体外受精-胚移植で得られた胚の中で、どの胚を移植するかを選択する必要がある。しかし、どの胚が妊娠に至るかは、従来から行われている形態学的評価だけでは判断できず、異なる評価の方法である着床前診断が世界的に普及した。そしてその結果、モザイク胚の一部は、発生過程で正常胚になり、出産まで至ることがわかってきた。しかし、その背景にはまだわからない事が多くあり、どのような場合によい経過をたどるかの予測はまだ不完全だ。
そこで細胞のエネルギーを産生し、胚発生にも重要とされるミトコンドリアに注目した。ミトコンドリアの能力を直接評価するにはたくさんの細胞が必要であり、胚一つ一つで評価することは困難とされている。しかし、ミトコンドリアが内部に保有する独自のmtDNAは、1細胞にも多量に含まれるため、胚から数個の細胞を生検することで解析が可能だ。このmtDNAには、ミトコンドリアがエネルギーを産生するために必要なタンパク質の情報が存在し、mtDNA変異はミトコンドリア機能に影響する場合があるためミトコンドリア機能の間接的な指標となりえる。
mtDNAの変異の数と着床後胚発生の経過の関係を、体外培養を用いて評価
今回研究グループは、不妊治療ではもう使用できないことになった胚のmtDNAに存在する変異の数と着床後胚発生の経過の関係性について体外培養を用いて評価した。胚盤胞から一部の細胞(培養前検体)を採取(生検)してmtDNA・染色体を解析するのと並行して、胚の残った部分を使って体外培養を行った。それにより細胞が増殖した場合には、増殖した一部の細胞(培養後検体)を回収してmtDNA・染色体を解析した。このmtDNA・染色体を培養前後で比較し、培養経過との比較を行った。
良好な経過をたどる胚、正常染色体として発生する胚では、mtDNA変異の数が少ない
その結果、培養経過が良好であった胚や、培養終了時点で染色体が正常であった胚では、mtDNA変異の数が少ないことがわかった。体外培養で判明したことと実際に体内で起きている発生とは異なっている可能性があるが、今回の結果からモザイク胚だけに限らず、胚の着床後の経過とmtDNA変異数が関係する可能性があるとわかった。
実現に向け、胚のmtDNA変異とミトコンドリア機能の直接的な関係の解明へ
これまでは、顕微鏡で胚の形を見て評価する形態学的評価方法、胚の染色体を評価する着床前診断などで胚を評価してきた。今回の研究成果は、mtDNA変異を調べるという胚の新しい評価方法につながる可能性がある。実現した場合は、移植当たりの妊娠率をより向上させ、難治性不妊症患者の精神的・経済的負担軽減につながる可能性がある。
「今回調べた胚のmtDNA変異と、胚のミトコンドリア機能の直接的な関係性はまだわかっておらず、その解明が必要だ。また、今回の研究では胚のmtDNA解析のために一部の細胞を回収(生検)したが、今後は侵襲性のない解析方法の開発も重要となる」と、研究グループは述べている。
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