抗腫瘍免疫反応を抑えるIL-6、腫瘍内T細胞へどのように影響しているのか?
慶應義塾大学は8月17日、SOCS3というサイトカイン抑制因子をT細胞で無くすと、本来、腫瘍を成長させる悪玉サイトカインであるIL-6が逆に強い腫瘍殺傷能力を誘導する因子になることを発見したと発表した。この研究は、同大医学部微生物学・免疫学教室の三瀬節子助教、吉村昭彦教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Cell Reports」に掲載されている。
画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)
サイトカインは細胞から分泌される生理活性を持つタンパク質で、炎症や免疫に重要な役割を担っている。代表的な炎症性サイトカインであるインターロイキン6(IL-6)は、新型コロナウイルス感染でサイトカインストームを引き起こす物質として有名であるが、腫瘍内にも多く存在している。腫瘍内のIL-6は、腫瘍細胞の増殖や腫瘍内の血管の新生を促すことで腫瘍を成長させると同時に、免疫抑制に働く物質や細胞を誘引して抗腫瘍免疫反応を抑える働きがあり、腫瘍においては悪玉サイトカインと一般的に考えられている。その一方で、免疫反応において主役を担うT細胞に対しての作用はほとんど解明されていなかった。
SOCS3は、IL-6をはじめさまざまなサイトカインのシグナルを抑制する細胞内因子である。SOCS3は特にIL-6刺激によって発現が誘導され、サイトカインの刺激が過度に起こらないように恒常性を保っている。研究グループは、IL-6の腫瘍内T細胞への影響を解明し、より強力な抗腫瘍活性を引き出すためにSOCS3の遺伝子をT細胞で無くしたマウスを作成し、腫瘍に対する反応を調べた。
T細胞特異的SOCS3欠損マウスの強い抗腫瘍作用、IL-6欠損で失われる
T細胞特異的にSOCS3を欠損しているマウスは野生型のマウスに比べ移植した大腸がん細胞や皮膚がん細胞の成長を抑え、強い抗腫瘍作用を示した。T細胞には殺細胞作用を持つCD8陽性キラーT細胞と、免疫調節に働くCD4陽性ヘルパーT細胞があるが、強い抗腫瘍作用にはキラーT細胞とヘルパーT細胞の両方でSOCS3が欠損している必要があった。興味深いことにSOCS3欠損マウスの強い抗腫瘍作用は、IL-6を欠損させると無くなってしまった。つまりSOCS3欠損マウスの強い抗腫瘍作用は悪玉サイトカインであるIL-6によってもたらされていることがわかった。
IL-6、SOCS3欠損下でインターフェロン同様の抗腫瘍作用を発揮
近年、一細胞RNA解析技術が進歩し、細胞一個一個の遺伝子の発現状態を調べることが可能となった。この技術を用いて腫瘍内に浸潤しているT細胞を解析すると、SOCS3欠損マウスでは免疫反応を抑えるCD4陽性の制御性T細胞(Treg)の数が減少し、一方でキラーT細胞の中でも、抗腫瘍活性を担うインターフェロンγ(IFNγ)を発現するエフェクターT細胞と呼ばれるT細胞が増えていた。さらに詳しく遺伝子発現を解析するとSOCS3のないT細胞はインターフェロンと同様の刺激を強く受けていることがわかった。つまりSOCS3が無くなることで腫瘍促進性のIL-6が逆にインターフェロンの抗腫瘍作用を発揮するようになる。
では、SOCS3が無くなると具体的にIL-6はT細胞にどのような変化をもたらすのか。がん細胞を殺すエフェクターキラーT細胞は多量のエネルギー(ATP)を必要とする。ATPの産生には酸素を必要としない解糖系と呼ばれる代謝経路と酸素とミトコンドリアを使う経路の2つが存在する。酸素の少ない腫瘍内では解糖系の方がミトコンドリア経路よりも素早くATPを産生できキラー活性が強くなる。SOCS3を無くしたT細胞ではミトコンドリアよりも解糖系によってATPが作られるようになり、キラー活性が上昇した。この作用はあたかも通常のキラーT細胞がインターフェロンの刺激を受けたときのようだった。これらの結果から、SOCS3を欠損することで過度にIL6のシグナルを受けたT細胞はインターフェロンを受けたときと同様の反応を起こし、制御性T細胞が減少し、エフェクター細胞への分化が促進されることがわかった。
CAR-T細胞のSOCS3遺伝子欠損により、超免疫不全マウスで治療効果向上
この結果をヒトでのがん治療に応用するために、SOCS3欠損型のCAR-T細胞を作製し、ヒト化マウスでの抗腫瘍作用を調べた。CAR-T細胞はがんの細胞療法としてすでに白血病の治療に使われているが、患者によっては効果が限定されている。そこでCAR-T細胞においてSOCS3遺伝子をCRISPRによる遺伝子編集法を用いて無くしてみた。ヒトB細胞白血病細胞を超免疫不全マウスに移植すると白血病細胞は盛んに増殖しマウスは死亡する。これにCAR-T細胞を移入すると白血病細胞の増殖はある程度は抑えられるが完全ではない。SOCS3欠損型CAR-T細胞を移入すると野生型CAR-T細胞を移入させたときより、血液中の白血病細胞を減らし、マウスの寿命を延ばすことができた。
SOCS3標的により、IL-6過剰発現のがんも治療効果期待できる
今回、T細胞でSOCS3を欠損すると本来腫瘍治療に悪い影響を与えるIL-6の作用をT細胞にとってはがんを攻撃する良い作用をもたらすものに変えることができた。「この結果を通してSOCS3を標的にすることで、IL-6が過剰に発現している治りづらいがんであっても治療できるようになることが期待できる。今後、体内で効率良くT細胞でSOCS3を無くす方法の開発を進めていきたいと考えている」と、研究グループは述べている。
▼関連リンク
・慶應義塾大学 プレスリリース