まれなARHGAP10遺伝子バリアント保持患者に有望なROCK阻害薬、その他の患者には?
名古屋大学は8月17日、Rhoキナーゼ(ROCK)阻害剤ファスジルについて、統合失調症のドーパミン仮説に基づく薬理学的統合失調症モデルマウスの認知機能障害を改善することを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科医療薬学のLiao Jingzhu大学院生(現:米国カルフォルニア大学リバーサイド校博士研究員)、溝口博之准教授、山田清文教授、同大医学系研究科精神疾患病態解明学の尾崎紀夫特任教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Pharmacological Research」に掲載されている。
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統合失調症は、約100人に1人の割合で発症する精神疾患。現在の治療薬は、幻覚・妄想などの陽性症状には効果を示す。一方で、意欲の低下などの陰性症状や認知機能の低下に対する効果は乏しいことが課題だ。統合失調症は、さまざまな遺伝要因にストレスなどの環境因子が加わることで発症すると言われているが、そのメカニズムはいまだ解明されていない。そこで、新しい統合失調症の治療薬を開発するために、遺伝要因により引き起こされる統合失調症の病態の解明が求められている。
研究グループは先行研究により、日本人統合失調症患者対象のゲノム解析で、発症に強く関与する ARHGAP10遺伝子バリアントを同定している。さらに、このリスクバリアントを模したArhgap10遺伝子改変マウスを作出。Arhgap10遺伝子バリアントにより引き起こされる統合失調症の病態にROCKが関与している可能性を明らかにし、ARHGAP10遺伝子バリアントをもつ患者に対する治療薬としてROCK阻害薬が有望であることを示した。しかし、ARHGAP10遺伝子バリアントをもつ患者は極めてまれであり、同遺伝子を含む低分子量Gタンパク質関連遺伝子バリアントを有する患者のみならず、広く統合失調症患者に対してROCK阻害薬が有効かどうか明らかにする必要があった。
ROCK阻害薬ファスジル、皮質-線条体回路に作用しメタンフェタミン誘発認知機能障害を改善
研究の結果、統合失調症のドーパミン仮説に基づくメタンフェタミン処置マウスの認知機能障害に対して、ROCK阻害薬ファスジルが改善効果を示した。メタンフェタミン投与後の内側前頭前野および背内側線条体の神経活動マーカーc-Fos陽性細胞数の増加を有意に抑制した。
一方、メタンフェタミン処置により、内側前頭前野および背内側線条体においてROCKの基質タンパク質ミオシンホスファターゼ調節サブユニット1(MYPT1;Thr696)やミオシン軽鎖キナーゼ2(MLC2;Thr18/Ser19)のリン酸化が増加し、ファスジルはこれを抑制した。さらに、化学構造の異なるROCK阻害薬Y-27632を内側前頭前野あるいは背内側線条体に微量注入することで、メタンフェタミン誘発性視覚弁別障害は有意に改善した。
以上の結果より、メタンフェタミンは内側前頭前野と背内側線条体のROCKを活性化して認知障害を引き起こすこと、ROCK阻害薬は皮質-線条体回路に作用してメタンフェタミン誘発認知機能障害を改善することを示した。
治療標的の最適化、選択性の高いROCK阻害薬開発に期待
ROCKには2つのサブタイプ(ROCK1およびROCK2)が存在することから、治療標的の最適化と選択性の高いROCK阻害薬の開発、並びにROCKシグナルに焦点を絞った統合失調症の病態解明を進める予定だ、と研究グループは述べている。
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