献体された遺体を用いて、横行結腸に分布する動脈の走行経路を解析
東京医科大学は7月27日、結腸脾弯曲部に向かう変異動脈の走行経路には2パターンあることを初めて明らかにしたと発表した。この研究は、同大人体構造学分野 伊藤正裕主任教授、表原拓也客員研究員(順天堂大学 解剖学・生体構造科学講座准教授)、河田晋一助教、消化器・小児外科学分野 永川裕一主任教授、榎本正統准教授、医学科第6学年 岡崎倫和氏、諏訪赤十字病院 外科 天野隆皓副部長(前・がん研有明病院 大腸外科)らの研究グループによるもの。研究成果は、「Diseases of the Colon & Rectum」オンライン版に掲載されている。
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結腸がんの手術では、腫瘍を摘出する際にそこに分布する動脈と静脈も結紮し、腫瘍部とそれらの血管を一括で摘出する。そのため、術者は画像検査などから腸管と血管の三次元的な位置関係を把握してから手術に臨んでいる。しかし、横行結腸と下行結腸の移行部である脾弯曲部におけるがん(腫瘍)の摘出手術において、教科書通りではない変異動脈が存在した場合の処理方法に関するガイドラインは定まっていない。
脾弯曲部にはさまざまなパターンで変異動脈の分布する可能性があることが知られている。その中でも副中結腸動脈と呼ばれる動脈は、報告にもよるが3割程度の人に見つかる変異動脈としては頻度の高い動脈だ。加えて、この副中結腸動脈は膵臓のすぐ近くを通るとされており、その処理の際には膵臓を損傷しないよう細心の注意が必要となる。そのため、副中結腸動脈を含め、腫瘍摘出に際しては結紮すべき動脈を症例ごとに正確に把握する必要がある。しかし、その動脈の結紮点を決定するのに必要な情報である動脈の正確な走行経路は、画像検査からは把握することが難しいのが現状だ。横行結腸は腸間膜によって腹腔内に吊り下げられるような構造を取るが、この腸間膜は画像検査では写らないので、変異動脈が見つかったとしても、その走行経路が腸間膜内なのか体壁に沿うのかまではわからない。
これらのことから、脾弯曲部を含めた横行結腸に分布する動脈の走行経路を正確に調査するためには、腸間膜を視認できる肉眼解剖学的な手法が必要となる。しかし、これまでの研究は変異動脈の起始部やその割合などの調査だけに留まっており、走行経路に着目した研究は行われていなかった。そこで研究グループは、献体された遺体を用いて、脾弯曲部を含めた横行結腸に分布する動脈の走行経路に関し、肉眼解剖学的な解析を試みた。
独自の手法で、横行結腸に分布する動脈の走行経路可視化に成功
横行結腸の形・大きさには個人差があるため、全例で動脈の走行経路を比較するにあたり、横行結腸を半円に見立てて動脈の走行位置を横行結腸までの距離の比で表す独自の手法を考案した。横行結腸を腹側に持ち上げた状態で写真撮影し、体の正中を通る横行結腸間膜の根本を原点として、その原点から等間隔(15度間隔)で放射状に線を引いた。この線上で原点−腸管の長さに対する原点−動脈の割合を計算することで、動脈位置の相対値を計算。その相対値をプロットし、画像ソフト上でそれらを結ぶことで、横行結腸を半円に見立てた上で動脈の走行経路を可視化した。これにより、全例を同一の縮尺で比較することを可能にした。
原点付近に動脈の走行しない空間を発見、ここを横切る動脈があることを確認
その結果、全例における動脈の走行経路を比較することに成功。教科書的な動脈しか存在しない場合には、横行結腸間膜の左半分では動脈は腸管に沿って走行するのみであり、原点付近に動脈の走行しない空間が存在することが確認された。一方で、変異動脈として分類される動脈が横行結腸の左半分に分布する場合、この空間を横切ることが明らかになった。
中結腸動脈の走行経路も2パターンあることが判明
脾弯曲部に分布する変異動脈は6種類に大別することができるが、最も割合が多かったのが、副中結腸動脈の存在するタイプだったという。その走行経路は、過去の文献での定義や外科医の認識と同様に、膵臓の下縁を通る例が多くを占めていた。一方で、中には横行結腸間膜の右半分で腸間膜内に進入し、膵臓から離れたところで横行結腸間膜を横切るように走行するものもあることを初めて明らかにした。
また、中結腸動脈の左枝も脾弯曲部に分布することは報告されていたが、その走行経路は過去の文献では明らかにされていなかった。同研究により、中結腸動脈の走行経路にも、副中結腸動脈と同様の2パターンがあることが初めて明らかにされた。
膵損傷リスクが少ない、結腸脾弯曲部がんの安全な術式確立に期待
今回の研究により、脾弯曲部に向かう変異動脈の走行経路には2パターン存在することが明らかにされた。横行結腸間膜を横切って脾弯曲部に向かう動脈は膵臓との距離が離れていることから、膵臓に沿う場合と比べると、より膵損傷のリスクが少ない状態で根部(上腸間膜動脈付近)まで動脈を処理することが可能であると見込まれる。
「今後、実際の症例で、動脈の走行経路とその処理方法による術後の経過を評価していくことで、各症例の動脈走行経路に適したより良い術式を提案できるようになることが期待される」と、研究グループは述べている。
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・東京医科大学 プレスリリース