小胞体選択的オートファジー、ドキソルビシン起因の心毒性に及ぼす影響は?
東京医科歯科大学は7月12日、CCPG1を介した小胞体選択的オートファジーの誘導機構がアントラサイクリン誘発性心筋症に対する保護的作用を発揮していることを発見したと発表した。この研究は、同大大学院医歯学総合研究科循環制御内科学分野の前嶋康浩准教授、中釜瞬大学院生、笹野哲郎教授らと、ベーリンガーインゲルハイム株式会社の研究グループによるもの。研究成果は、「JACC:CardioOncology」オンライン版に掲載されている。
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近年、がんの薬物治療が進化を遂げており、それに伴いがん患者の予後が改善している。一方で、がん薬物治療を原因とする心機能障害を生じるケースも増えている。最も頻度が高く、かつ重症度の高い薬剤誘発性心筋症を引き起こすアントラサイクリン系抗がん剤ドキソルビシンは、多彩なメカニズムを介して心筋傷害作用を発揮し、過度な小胞体(ER)の傷害もその心毒性の一端を担っている。ERの傷害に対する代償機構としては小胞体ストレス応答(UPR)が知られているが、過度なERの傷害を受けた細胞ではUPRが過剰に作用することで細胞死が誘導されてしまうため、心筋細胞をはじめとする非分裂細胞にはUPRとは異なったERの傷害を代償する機構の存在が想定されていた。
細胞内に存在する不要物の分解やアミノ酸のリサイクルを担う細胞内機構であるオートファジーのうち、選択的オートファジーはダメージを受けた細胞内小器官を分解するという重要な役割を果たしている。例えば、ミトコンドリア選択的オートファジー(マイトファジー)は大量のミトコンドリアを含む心筋細胞で、ミトコンドリアの品質管理を担うことで心保護作用を発揮していることが知られている。一方、小胞体選択的オートファジー(ERファジー)は過度な傷害を受けたERを分解・除去するメカニズムだが、心筋細胞におけるERファジーが果たす役割の詳細については未解明だった。
このような背景を踏まえて、研究グループはドキソルビシン誘発性心筋症の病態にERファジーによるERの品質管理機構が関与している可能性が高いと考えた。そこで今回の研究では、ERファジーを介した小胞体品質管理がドキソルビシンに起因する心毒性に及ぼす影響について検討した。
ドキソルビシンでERファジー活性化とCCPG1上昇、CCPG1抑制で心筋の小胞体障害増加
心筋細胞と心筋組織におけるERファジー活性をモニタリングするために、ERファジーのレポータータンパク質を発現する心筋細胞株を樹立し、心筋特異的に同レポータータンパク質を発現するトランスジェニックマウスを作製。これらの心筋細胞株とトランスジェニックマウスを用いた解析によって、ドキソルビシンがERファジーを活性化させることを確認した。
また、心筋細胞にドキソルビシンを投与するとCCPG1遺伝子発現レベルが上昇し、反対にCCPG1の機能を喪失させるとドキソルビシンによるERファジー誘導が有意に抑制されることが判明。CCPG1機能を喪失した心筋細胞では、ドキソルビシンによって生じる小胞体傷害が有意に増加してアポトーシスが誘導されることを見出した。CCPG1低発現マウスでは野生型マウスに比べてドキソルビシンによる心機能障害の程度が強いことも見出したという。
CCPG1強制発現では心筋傷害抑制効果なし、TBK1キナーゼとの相互作用が必要か
以上の結果より、ドキソルビシンの心毒性に対してCCPG1を介したERファジーの誘導が保護的に作用していることが示された。一方、CCPG1を心筋細胞に強制発現してもERファジーの活性化は観察されず、ドキソルビシンに対する心筋傷害の抑制効果も認められなかった。そのため、ERファジーの誘導にはCCPG1の発現増加以外のメカニズムも必要であると考えられる。研究グループが立てた「CCPG1と結合するタンパク質がそのメカニズムの鍵を握っている」という仮説を解き明かすためにCCPG1と相互作用するタンパク質のプロテオーム解析を実施し、TBK1キナーゼが有力な候補であることを見出すことができたとしている。
ERファジー賦活化、アントラサイクリン誘発性心筋症治療に有効な可能性
同研究により、ドキソルビシンによる心毒性におけるERファジーの意義とその制御機構の一端を解明することができ、難治性で予後が不良であるアントラサイクリン誘発性心筋症の病態に対する理解を深めることができた。その結果、ERファジーを賦活化することがアントラサイクリン誘発性心筋症の治療に有効である可能性を示すことができたため、将来的な治療領域の開拓に応用することが期待できる成果だという。増加し続けるドキソルビシン心筋症に対する新規治療の開発は社会における喫緊のニーズだが、同研究成果はそのニーズに応える一助になるものだ。さらに、小胞体の傷害は心疾患に限らず、悪性腫瘍、神経変性疾患や糖尿病、脂肪肝、動脈硬化症などの発症にも深く関わっていることが知られている。「同研究で得られた知見は心臓領域の治療応用に限らず、広く他の疾患へ応用していくことが可能であると考えられる」と、研究グループは述べている。
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・東京医科歯科大学 プレスリリース