アストロサイトと社会性との関連は?
金沢大学は6月26日、他人を記憶する脳がどのように発達するのかを明らかにしたと発表した。この研究は、同大医薬保健研究域医学系神経解剖学の服部剛志准教授、堀修教授、子どものこころの発達研究センターのスタニスラフ・シェレパノフ博士、東田陽博名誉教授らの共同研究グループによるもの。研究成果は、「The EMBO Journal」オンライン版に掲載されている。
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社会性は、ヒトをはじめとする社会を形成する動物において、他の個体と関わる活動であり、生存、健康、生殖に欠かせない。その社会性において、動物は他個体を記憶し、それぞれの相手に対して適切に振る舞うことで適応的な社会を形成している。ヒトや動物は過去の他個体についての記憶を思い出し、適切な社会的行動を行い、新たな個体との出会いにより、さらに記憶をアップデートしていく必要がある。この他個体に対する記憶を社会性記憶と呼ぶ。自閉スペクトラム症などの精神疾患においては、この社会性記憶に問題があると考えられている。
最近、脳の中でも海馬や大脳皮質が、この社会性記憶にとって重要な部位であることがわかってきた。これらの場所に社会性記憶にとって重要な神経回路が存在し、脳の他の部位と連携しながらその機能を果たしていると考えられている。しかし、このような社会性記憶をつかさどる脳の神経回路が、発達の過程でどのように作られるのかについては、あまり研究が進んでいなかった。
一方、グリア細胞の一種であるアストロサイトは、神経細胞への栄養供給、神経回路の形成、脳内の炎症の制御など多様な機能を持ち、最近では認知機能や情動にも関係するなど、重要な脳機能に関連することがわかってきている。研究グループは今回、マウスの脳においてアストロサイトのみの遺伝子操作を行い、マウスの社会性行動や神経回路を評価することにより、アストロサイトと社会性との関連を明らかにできるのではないかと考え、研究を行った。
発達期のアストロサイトにあるCD38が、社会性記憶の神経回路の形成に関与
まず、生後のアストロサイトのCD38遺伝子を欠損させたマウスが大人になった時の、社会性行動を調べた。その結果、他のマウスへの興味は正常だが、他のマウスを記憶する能力に異常があることが判明した。一方、大人のマウスのアストロサイトにおいてCD38を欠損させても、他のマウスを記憶する能力は正常だったという。以上のことから、発達期のアストロサイトにあるCD38遺伝子が社会性記憶に重要であることが明らかになった。
次に、生後のアストロサイトのCD38遺伝子を欠損させたマウスにおいて、社会性記憶にとって重要な脳の場所である大脳皮質と海馬の神経細胞を観察した。その結果、神経細胞同士の結合(シナプス)の数が減少していることが判明した。このことから、発達期のアストロサイトにあるCD38が、社会性記憶の神経回路の形成に関与している可能性を見出した。
アストロサイトがSPARCL1放出で神経細胞のシナプス形成促進、社会性記憶の神経回路形成
最後に、アストロサイトがどのようにして社会性記憶の神経回路を制御しているかを調べるため、CD38遺伝子を持つアストロサイトと持たないアストロサイト、それぞれの細胞から放出される分子の解析を行った。その結果、CD38遺伝子を持たないアストロサイトでは、シナプスの形成を促す物質であるSPARCL1の放出が減少していることを見出した。
つまり、アストロサイトはその細胞からSPARCL1を神経細胞に与えることにより、シナプス形成を促し、社会性記憶の神経回路が作られることが明らかになった。
自閉症などの脳神経疾患の原因解明・治療法開発につながることに期待
今回、アストロサイトの遺伝子だけを操作することにより、アストロサイトが社会性記憶をつかさどる脳の形成に重要であることを明らかにした。これまで、社会性における神経細胞の役割については研究が多く行われてきたが、アストロサイトをはじめとするグリア細胞の役割についての研究は少なく、同研究は世界に先駆けた研究成果と言える。今後は、社会性や高次機能におけるグリア細胞の役割が、注目される研究領域となると考えられる。
「アストロサイトは自閉スペクトラム症などの発達障害、アルツハイマー病などの神経変性疾患に関与することが知られている。本研究を発展させることにより、自閉症などの脳神経疾患の原因解明や治療法の開発につながることが期待される」と、研究グループは述べている。
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・金沢大学 プレスリリース