PTSDのメカニズムは不明点が多く、有効な薬物療法の開発も進んでいなかった
九州大学は6月23日、実際に受けたトラウマとは異なる状況でも恐怖を感じる仕組みを解明したと発表した。この研究は、同大大学院医学研究院の山田純講師と神野尚三教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Neuropsychopharmacology」に掲載されている。
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心的外傷後ストレス障害(PTSD)は、戦争や災害、犯罪、事故など、生命を脅かすような危険な出来事の目撃や経験(トラウマ)によって引き起こされる精神疾患の一種。PTSD患者では、フラッシュバックやネガティブな思考・感情などにより、日常生活が大きく制約される。
PTSDについての理解は、ベトナム戦争から帰還した兵士に関する研究を出発点としており、1980年に米国精神医学会によって診断基準が初めて定められた。しかし、そのメカニズムには今もなお不明な点が多く、有効な薬物療法の開発が進んでいなかった。
PTSDモデルマウスの海馬でオリゴデンドロサイト減少、ミエリンの機能低下を確認
研究グループは今回、実際に受けたトラウマとは異なる(類似した)状況に対して恐怖や不安を感じる「恐怖記憶の汎化」という現象に着目し、研究を行った。
健常マウスでは、オリゴデンドロサイトと呼ばれるグリア細胞がミエリンを形成し、抑制性ニューロンの神経回路を保護している。しかし、電気ショックによるトラウマを体験したPTSDモデルマウスの海馬を調べてみると、恐怖記憶の汎化を示す際にオリゴデンドロサイトが減少し、ミエリンの機能が低下していることを発見した。
ミエリンの機能を回復させることで、恐怖記憶の汎化を抑制できると判明
さらに、オリゴデンドロサイトを増やす作用が報告されているパーキンソン病治療薬「ベンズトロピン」の投与や、特定の抑制性ニューロンの活動を制御する化学遺伝学の手法を用いてミエリンの機能を回復させると、恐怖記憶の汎化が抑制され、健常マウスに戻ったことから、PTSDの症状を改善する可能性があることが明らかになった。
既存薬物の活用など、PTSDの新たな薬物療法開発につながる可能性
現在も世界中で戦争が続き、地震や気候変動に伴う災害のリスクも高まっていることから、今後もPTSD患者の増加が考えられ、PTSDの理解は非常に重要な課題となっている。現在、臨床で主に使用されているPTSDの心理療法であるエクスポージャーは、恐怖記憶の汎化を抑えることで治療効果を発揮すると考えられている。一方、今回の研究により、海馬のミエリンの機能を回復させることで、恐怖記憶の汎化が抑制されるメカニズムが明らかになった。
「今後は、ドラッグリポジショニングなどを通じて、PTSDの新たな薬物療法の開発につながる可能性が期待される」と、研究グループは述べている。
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