乳児期の親から子への唾液接触がアレルギー発症に関連するか、アジア初の研究
和歌山県立医科大学は5月24日、日本人の学齢期の子とその親を対象に大規模な疫学調査を実施し、「乳児期の唾液接触と学齢期のアレルギー発症リスク低下との関連性」をアジアで初めて明らかにしたと発表した。この研究は、同大皮膚科学講座の神人正寿教授、久保良美博士研究員ら、兵庫医科大学、獨協医科大学、高槻赤十字病院の研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Allergy and Clinical Immunology Global」に掲載されている。
生活の質に大きな影響を与え、社会に負担を強いている湿疹(アトピー性皮膚炎)、アレルギー性鼻炎、食物アレルギー、喘息などのアレルギー性疾患は、近年、先進国を中心に世界的に増加している。アレルギー性疾患増加の原因としては、先進国のような清潔な環境下において感染症の発生率が低下したことによりアレルギー性疾患の発生率が増加したとする衛生仮説が提唱され、その後、常在菌や共生菌(腸内細菌叢)と免疫の発達との関連性について研究が進められている。
いわゆる、アレルゲン耐性の発達は、腸内細菌叢の多様性、乳幼児期の微生物による免疫刺激、出生時の母親からの微生物獲得など、いくつかの要因に依存すると考えられている。乳幼児期の微生物刺激が不十分であると、皮膚などのバリア組織が過敏になり、2型免疫反応(アレルギー性疾患)が亢進する可能性がある。口腔は消化管に次いで豊富な微生物叢を有しており、動物およびヒトの研究から、口腔内の微生物が腸に移動して腸内細菌叢を変化させ、そのために免疫防御を変化させることが示唆されている。
2018年にDzidicらは、口腔内細菌叢の組成の初期の変化が免疫の成熟とアレルギーの発症に影響を与えることを報告した。2013年のスウェーデンにおけるHesselmarらの出生コホート研究では、親の唾液で洗浄したおしゃぶりの使用により生後18か月の湿疹や喘息発症リスクと生後36か月の湿疹発症リスクが有意に低下したと報告された。その理由として、親の唾液から乳児に移行した口腔微生物による免疫刺激が関与している可能性が示唆されている。2015年の久保、吉澤の研究においても、乳児期に噛み与えを行うことで、学童期のアレルギー発症リスク、特に湿疹の発症リスクが低下する可能性が示唆され、養育者から乳児への口腔内微生物の移行による免疫刺激が関与する可能性が推測された。一方、学齢期におけるアレルギー発症とその関連性を調べた研究はほとんどなかった。
日本の小中学生と親対象、多施設共同で疫学調査
そこで今回、研究グループは、乳児期(生後12か月未満)の唾液接触が、日本人の子どものアレルギー発症リスクを低下させるという仮説を立てた。仮説を検証するために、日本の小中学生とその親を対象に、国際小児喘息・アレルギー研究(International Study of Asthma and Allergies in Childhood:ISAAC)の質問を含む91の自記式質問を用いた横断的デザインによる疫学調査を実施し、多施設共同研究を行った。
地域的な偏りを減らすために、石川県と栃木県の2県において調査を実施。小学校1~6年生と、中学校1~3年生に無記名の自記式質問紙を配布し、自宅で保護者とともに記入したものを回収した。対象は、2016年に、石川県の小学校3校と中学校3校の児童1,718人とその保護者、2017年に、栃木県の小学校3校と中学校2校の児童1,852人とその保護者。アンケート調査票は、ISAAC調査票からの質問とオリジナルの食物アレルギー・口腔アレルギーに関する質問41問と、母親の妊娠期と子どもの乳児期の生活習慣または環境に関する質問など50問の2部構成で、合計91問だった。「記述統計」と「カイ二乗検定」、または「フィッシャーの正確検定」を適宜用いて評価。多変量ロジスティック回帰分析を行い、小中学生の湿疹(アトピー性皮膚炎)、アレルギー性鼻炎、喘息の発症と、乳児期(生後12か月未満)の食器の共有および親の唾液によるおしゃぶりの洗浄を介した唾液接触との独立した関連性を評価した。
乳児期の食器共有、学齢期の湿疹発症リスク低下と有意に関連
有効回答率は94.7%だった。子どもの平均年齢と中央値は、それぞれ10.8±2.7歳と11歳(四分位範囲9~13歳)。乳児期の食器共有による唾液接触は、学齢期の湿疹発症リスクの低下と有意に関連していた(オッズ比[OR] 0.53; 95%信頼区間[CI] 0.34-0.83)。母親のアレルギー歴、妊娠中の母親の喫煙、親の口腔感染症の知識で調整した後も有意な関連が認められた(OR 0.52; 95%CI 0.32-0.84)。
親の唾液によるおしゃぶり洗浄、学齢期の湿疹・アレルギー性鼻炎発症リスク低下と有意に関連
乳児期の親の唾液によるおしゃぶりの洗浄を介した唾液の接触は、学齢期の湿疹(アトピー性皮膚炎)(OR 0.24; 95% CI 0.10-0.60)とアレルギー性鼻炎(OR 0.33; 95% CI 0.15-0.73)の発症リスクの低下と有意に関連し、同様の因子で調整後も有意な関連が示唆された(湿疹:OR 0.35; 95% CI 0.13-0.91、アレルギー性鼻炎:OR 0.32; 95% CI 0.14-0.72)。親の唾液によるおしゃぶりの洗浄と学齢期の喘息については、今回はっきりとした有意差は見られなかったが、発症リスク低下の可能性が示唆された(調整後OR 0.17; 95% CI 0.02-1.31)。
小児のアトピー性皮膚炎など発症予防の応用、さらなる研究へ
乳児期の親から子への唾液接触の行為は、現在、日本においては、口腔衛生学的な見地などから、減少している。今回の疫学調査では、乳児期の唾液接触としての食器の共用や、親の唾液により洗浄したおしゃぶりの使用による学齢期のアトピー性皮膚炎とアレルギー性鼻炎の発症リスク低下の可能性が考えられる。アレルギー発症リスク低減のメカニズムを明らかにし、これらの知見を小児のアトピー性皮膚炎やアレルギー性鼻炎、喘息の発症予防に応用する方法について、さらなる研究が必要であると考える、と研究グループは述べている。
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・和歌山県立医科大学 プレスリリース