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がん代謝物「スペルミジン」、免疫療法改善の新規治療標的候補として同定-東大ほか

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2023年06月08日 AM10:39

腫瘍内のT細胞活性制御メカニズムは?

東京大学は6月6日、T細胞応答を抑制するがん代謝物()を同定し、腫瘍内におけるT細胞活性制御の新しいメカニズムの解明に成功したと発表した。この研究は、同大先端科学技術研究センター炎症疾患制御分野の日比野沙奈特任研究員、柳井秀元特任准教授ら、同センターニュートリオミクス・腫瘍学分野の大澤毅准教授、慶應義塾大学先端生命科学研究所の曽我朋義教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS)」電子版に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

CD8陽性T細胞は、がん細胞を直接認識・殺傷する能力を有し、免疫系による腫瘍の排除において必須の役割を担う細胞集団。種々のがんにおいて組織中へのCD8陽性T細胞の浸潤が確認されているが、強力な免疫抑制環境下にある腫瘍組織において、その多くはがんに対する攻撃力を失った免疫不応答状態に陥っている。PD-1に代表される免疫チェックポイント分子に対する阻害抗体は、T細胞の不応答性を解除し、がんを排除する免疫応答を賦活化できる治療戦略として、がん薬物治療にパラダイムシフトをもたらした。しかし、その効果は特定のがん種・患者に限定的であり、腫瘍内におけるT細胞の活性制御メカニズムをより詳細に理解し、新しい治療法の開発へつなげることが急務となっている。

がん組織の内部では、不完全な血管形成に伴い、低酸素・低栄養の過酷なストレス微小環境が形成されている。その結果、広範な組織壊死(ネクローシス)が生じ、死んだがん細胞は細胞内容物を細胞外へ放出する。研究グループは先行研究により、がん死細胞から放出される分子群の中に腫瘍免疫応答を抑制する分子が含まれることを明らかにしてきた。しかし、抗腫瘍免疫の要となるT細胞応答に対して直接的に与える影響については解明されていなかった。

がん死細胞から分泌の「」が、TCR下流シグナルを阻害していると判明

今回研究グループは、がん死細胞のセクレトーム(分泌物)中より新規のT細胞抑制因子の探索を試みた。実験的にネクローシスを誘導したがん細胞より上清を調製し、マウスCD8陽性T細胞の培養系に添加したところ、T細胞の活性化にともなう増殖やサイトカインの産生が顕著に抑制されることがわかった。この解析から、抑制活性が非タンパク質性の低分子分画に存在することが明らかになり、目的分子が代謝物(メタボライト)であることが示唆された。そこで、がん死細胞上清に対して網羅的メタボローム解析を実施したところ、オンコメタボライトのスペルミジンが候補分子として浮上した。スペルミジンは生理活性ポリアミンの一種であり、がん細胞の内部に高濃度で蓄積するオンコメタボライトとしてよく知られている。

スペルミジンはT細胞受容体(T cell receptor:TCR)の下流近傍のシグナル伝達を阻害し、T細胞の活性化を強力に抑制することが確認され、本実験系における免疫抑制活性の本体であることが明らかになった。

スペルミジン、TCRクラスタリングに必須のコレステロール合成を抑えていた

続いて、スペルミジンによるT細胞抑制メカニズムの詳細を明らかにするため、網羅的な遺伝子発現解析を実施。その結果、コレステロール合成を司る遺伝子群の発現がスペルミジンの処理により大きく低下することがわかった。コレステロールはシグナル伝達の足場構造を構成する細胞膜上脂質ラフトの主要な構成成分であり、T細胞応答においてはTCRの正常なクラスタリングに必須であることが知られている。実際に、スペルミジンを処理したT細胞では細胞膜上のコレステロール量が低下しており、活性化の際のTCRのクラスター形成の減弱が確認された。

TCRのクラスタリングやそれに引き続く下流のシグナル伝達・サイトカイン産生といったスペルミジンによる阻害が見られた事象は、いずれも、培養系にコレステロールを添加することでスペルミジン未処理のT細胞と同程度にまで回復することがわかった。以上のことから、スペルミジンによるT細胞の機能抑制はコレステロールの調節を介したものであると考えられた。

スペルミジン合成阻害剤「エフロルチニン」、マウスでT細胞活性化/抗腫瘍効果を確認

また、スペルミジンは担がんマウスモデルの腫瘍間質液中に高濃度で検出されることも見出した。腫瘍局所における免疫応答への関与が示唆された。

そこで、がん細胞のスペルミジン合成系の阻害が抗腫瘍免疫応答に与える影響について検討を行い、ポリアミン合成系の律速酵素に対する阻害剤であるエフロルニチンを担がんマウスモデルに投与。その結果、CD8陽性T細胞依存的な腫瘍増殖の抑制とともに、腫瘍内のT細胞応答の活性化を誘導することができた。この時、スペルミジンを外から補充することでこの効果は打ち消されることもわかった。また、エフロルニチンは抗PD-1抗体に抵抗性を示すマウスモデルに対しても有効であり、両者を併用すると単剤投与時に比べてより強力な抗腫瘍効果が得られることも明らかになった。

スペルミジン産生阻害による、免疫チェックポイント阻害剤の有効性増強に期待

今回の研究により、オンコメタボライトであるスペルミジンのこれまで知られていなかった新しい機能として、免疫調節因子としてのがん細胞外因性の役割を見出すことに成功した。公共データベースの遺伝子発現データに基づく解析では、肺がんをはじめとした複数のヒトがん種において、抗腫瘍T細胞応答とポリアミン合成系の遺伝子シグネチャーの間に有意な負の相関が確認されており、同研究での細胞・マウスを用いて得られた結果を支持する知見を得られている。ポリアミン合成阻害剤等によるがん細胞のスペルミジン産生阻害は、免疫チェックポイント阻害剤に代表されるT細胞を標的としたがん免疫療法の有効性を増強させるために有望な戦略であることが期待される、と研究グループは述べている。

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