遠隔手術の社会実装を前進するためのカダバースタディー
日本外科学会は5月12日、日本製手術支援ロボット「hinotori(TM)」サージカルロボットシステムを用いて、北海道大学に献体された遺体を用いた遠隔ロボット胃切除術の実証研究(カダバースタディー)を北海道大学と市立釧路総合病院間を一般通信回線で接続し、実施したことを発表した。この実証研究は、日本外科学会、北海道大学、株式会社メディカロイド、東日本電信電話株式会社(NTT東日本)が合同で、AMED研究「手術支援ロボットを用いた遠隔手術の実現に向けた実証研究」の一環で実施したものだ。
画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)
自然災害が多く、超高齢化社会を迎えた日本では、医療資源の少ない地域へのオンライン診療の普及が望まれている。今般のコロナ禍ではオンライン診療に対する期待がさらに高まっている。厚生労働省は2018年に「オンライン診療の適切な実施に関する指針」を発出し、2019年の同指針の改定においては「遠隔手術支援(遠隔地の指導医が現地の術者に代わって部分的に手術操作を行う)」についてもオンライン診療に含めることが明記された。また、日本外科学会において2022年6月22日「遠隔手術ガイドライン」が策定され、現在はその社会実装に向け、日本外科学会が他の関連学会と連携して準備と実証研究を進めている。
今回は、臨床導入の前段階として、遠隔手術支援の実施可能性を検証することを目的に、カダバースタディーを行った。遠隔手術が実現することで、患者はロボット支援手術などの先端的手術を、日本のあらゆる地域で享受できる可能性がある。地域に住む患者は長距離移動に伴う体力的・経済的な負担を回避して、地元の病院で先端的の手術を受ける選択肢が生まれる。同時に、地域においても最新技術の修練が可能な環境が整うことから、地域における若手外科医の育成法として有用であり、医師偏在の改善にも効果があると期待される。
釧路の指導医が北大の遺体に対し、遠隔操作で胃切除の模擬手術、遠隔手術支援も実施
実証研究が行われたのは、北海道大学臨床解剖実習室と市立釧路総合病院で、両施設は309㎞離れた場所に位置する。3月14日から15日にわたり胆嚢および胃臓器モデルを使用した遠隔操作(市立釧路総合病院から北海道大学の臓器モデルを用いた模擬手術を実施)と遠隔手術支援(北海道大学でのロボット手術を市立釧路総合病院の指導医が部分的に操作)を行った。3月16日には遠隔操作(市立釧路総合病院から北海道大学の遺体に対して模擬手術を実施)による胃切除術が行われ、さらに17日には遠隔手術支援による胃切除術が施行された。
これまで、カダバースタディーとして、実臨床における手術と全く同等の胃切除術を遠隔からの操作により完遂した報告、あるいは遠隔からの直接操作による支援を行いつつ完遂した報告は他になく、両者ともに世界初の試みとなった。なお、セキュリティ確保対策としてIP-VPN(internet protocol-virtual private network)回線にIPsec(internet protocol security)暗号を追加して施行した。
遠隔ロボット幽門側胃切除を245分で安全に施行、通信途絶は認めず
胆嚢モデルによる胆嚢切除術(遠隔操作1回、現地操作2回、遠隔支援1回;計4回)の平均手術時間は21.5分であり、胆嚢・胆嚢管・動脈損傷はいずれも認めなかった。胃臓器モデルを用いた幽門側胃切除(遠隔操作1回、遠隔支援1回;計2回)の平均手術時間は163分であり、胃切除から再建まで安全に施行が可能だった。
模擬手術では、遠隔ロボット幽門側胃切除は手術時間245分で、安全に施行可能だった。遠隔ロボットを用いた手術支援(現地と遠隔、双方が交互に手術操作)による胃全摘術は217分で、安全に施行可能だった。全ての工程において通信途絶は認めず、手術映像ならびにロボット制御に関するトラブルは認めなかった。全ての遠隔操作において通信遅延は40ms(速報値)であり、通信帯域は140-150Mbpsと予想範囲内だった。
他の術式における検討を実施予定
今回、薬事承認取得済みの手術支援ロボットが一般回線で約300kmの距離間を接続した場合でもスムーズに操作権の移行が可能であり、ロボットによる通常手術の遠隔からの支援が安全に実施可能であることが献体された遺体によって証明された。「AMED研究は今後も継続され、今年中に同様の実証研究として、他の手術術式における検討を実施する予定だ。このような実証研究で得られたデータをもとに遠隔手術ガイドラインをさらに精緻化し、社会実装に向けて準備を進めていく予定だ」と、研究グループは述べている。
▼関連リンク
・日本外科学会 プレス発表