GLで推奨される「体温管理療法」は本当に有効か
慶應義塾大学は3月22日、病院外で心停止になり心肺蘇生で心臓の拍動は回復したものの意識が回復しない状態の患者に対し、2%水素添加酸素吸入(水素吸入療法)を行うと、死亡率が下がり、意識が回復して後遺症を残さずに社会復帰する可能性を高めることを示した臨床試験結果を発表した。この研究は、同大グローバルリサーチインスティテュートの鈴木昌特任教授(東京歯科大学市川総合病院救急科 教授)、同大医学部救急医学教室の本間康一郎専任講師、同内科学教室(循環器)の佐野元昭准教授らが、国内15施設の協力を得て行った第Ⅱ相多施設共同二重盲検無作為化比較試験によるもの。研究成果は、「e Clinical Medicine」に掲載されている。
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日本では年間約10万人が病院外で心肺停止になっている。このうち、心臓病のために心停止(心原性心停止)になるのは約6万人。なかでも、心停止の際に医療従事者が近くにいないなど、即座に適切な処置が行われなかった約2万人の1か月後の生存率は8%にすぎない。また、生存できても、半数は高度な障害を抱えている。
心停止に陥ると、脳をはじめ全身の臓器に血液が巡らなくなる。救急蘇生で心臓の鼓動が回復すれば、血液は巡るようになるが、急に臓器に血液と酸素が供給されると、非常に強いダメージが加わる(心停止後症候群)。これによって、脳にダメージが加わると意識が回復できなくなるか、運よく意識を回復しても重篤な神経学的後遺症が残ってしまう。このような心停止後症候群を和らげる治療は唯一、体温管理療法だけである。ガイドラインで推奨されているが、有効性について疑問もあり、必ずしも決定的な治療ではない。
研究グループはこれまでに、ラットの心停止実験で水素ガスが体温管理療法と同等の効果をもち、体温管理療法に水素ガス吸入を加えると最大の脳保護効果を発揮することを見出していた。また、今回の臨床試験に先立つパイロット研究では、実際の患者5人に水素吸入療法を行い、4人(80%)が意識を回復して生存退院したことを明らかにしている。
体温管理療法のみと、体温管理療法+2%水素添加酸素吸入を比較
今回研究グループは、院外心停止後の患者を対象に水素吸入療法の効果を明らかにするための臨床試験を、日本全国の救急医療機関の協力のもと二重盲検無作為化比較試験という最も信頼性の高い方法で実施した。
心原性の院外心停止患者で、循環が回復したものの意識が回復しない患者を対象に、通常の体温管理療法を行うと同時に、人工呼吸中に2%水素添加酸素を18時間吸入した場合(水素群)と、水素を加えなかった場合(対照群)とで、90日後の転帰を比較した。判定は、神経内科専門医が行った。
後遺症がなく回復したのは水素群46%、対照群21%、生存率も対照群より上昇
この研究は、新型コロナウイルス感染症が救急医療をひっ迫させたため、対象患者が計73人(水素群39人、対照群34人)の段階で中止せざるをえなかった。このため、水素吸入療法が有効かどうかの判断はできなかった。しかし、90日後に症状や障害がない状態になった割合は対照群 21%に対して水素群は46%、生存率も61%から85%に上昇した。これらには統計学的有意差が認められた。また、この臨床試験で、水素吸入に伴う明らかな副作用は見られなかった。
「今後、水素ガス吸入療法は心停止後症候群に陥った患者の意識を回復させて神経学的後遺症を残さないようにする画期的な治療法になることが期待できる」と、研究グループは述べている。
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