プロバイオティクスやプレバイオティクス、腸内環境改善の科学的作用機序は不明だった
京都大学は1月18日、漬物やキムチのような発酵食品の生産に用いられる乳酸菌の1種「Leuconostoc mesenteroides」が、砂糖を基質として高産生する菌体外多糖「EPS(exopolysaccharide)」を摂取することにより、宿主の腸内環境が変化し、主要な腸内細菌代謝物である短鎖脂肪酸の産生量を増加させることで、肥満を防ぐことを、マウス実験により明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院生命科学研究科 木村郁夫教授(東京農工大学大学院農学研究院 特任教授)、東京農工大学大学院農学研究院 宮本潤基テニュアトラック准教授、Noster株式会社 清水秀憲研究グループ長(京都大学大学院生命科学研究科 受託研究員)らの研究グループによるもの。研究成果は、「Gut Microbes」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
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近年の欧米食に代表される高糖質・高脂肪な高カロリー食や食物繊維摂取が不足する食生活への変化は、過剰なエネルギー摂取と腸内細菌の構成や機能に影響を及ぼし、その結果、肥満や糖尿病に代表される生活習慣病・代謝性疾患を含むさまざまな病気の罹患率を高める。そのため、食事はヒトが生命を維持するために重要な栄養源であるとともに、腸内細菌に影響を及ぼす主要な因子と言える。
この観点から、腸内環境に影響を与え、さまざまな健康効果を発揮する手段として、乳酸菌などの微生物を摂取するプロバイオティクス、腸内細菌の餌となる食物繊維などを摂取するプレバイオティクス、その両方を摂取するシンバイオティクスが知られている。さらに近年、それらに代わり微生物の代謝産物そのものを摂取するポストバイオティクスも注目されているが、実際には、これらの腸内環境改善手段について、その科学的な作用機序はいまだ正確には明らかにはされていない。
L. mesenteroidesのプロバイオティクス効果要因に、短鎖脂肪酸産生が重要と考え検証
EPSは、微生物が菌体表面に分泌・産生する多糖の総称で、環境ストレスなどから自身を保護する役割を有している。食物繊維や炭水化物と同様の多糖類であり、結合様式によって多種多様な構造を示す。漬物・キムチのような発酵食品のスターターに用いられるLeuconostoc mesenteroidesのような、ある種の乳酸菌もまたEPSを産生することが知られているが、発酵食品中などに含まれるEPSを摂取することで起こる宿主の生理機能や腸内細菌叢に及ぼす影響などについて、詳細な検討は行われていなかった。
食物繊維などの難消化性多糖類は、宿主の消化酵素による消化と小腸での吸収を免れ大腸まで移行することにより、腸内細菌の餌として利用された結果、最終代謝産物として短鎖脂肪酸を産生する。この腸内細菌によって産生される最も主要な代謝産物「短鎖脂肪酸」は、その宿主側受容体を介して、エネルギー代謝調節を含めたさまざまな生理機能に影響を及ぼし、その結果、肥満・糖尿病などの代謝性疾患や免疫疾患、神経疾患などの改善に寄与することを、同研究グループなどが明らかにしてきた。
そこで今回の研究では、発酵食品の食機能性、特にL. mesenteroidesのプロバイオティクス効果の要因として、L.mesenteroides産生EPSを食物繊維と捉え、プレバイオティクスによる短鎖脂肪酸産生が重要ではないかという仮説のもと、検証を行った。
長期的なEPS投与により、マウスの高脂肪食誘導性肥満が劇的に改善、短鎖脂肪酸が同作用に寄与
まず、L. mesenteroidesがグルコースやフルクトースではなく、スクロースを含む糖源培地で培養したときのみ、スクロースを基質としてEPSを多量に産生すること、そして、その産生量は、一般的な乳酸菌と比較して300倍以上であることを確認。また、その糖構造はα1, 3, 1, 6グルカンであったため、宿主の消化酵素で消化できない難消化性多糖であることが予想できた。したがって、このL. mesenteroides産生EPSを精製し、さまざまな腸内細菌種の単一菌培養培地にEPSを加えると、Bacteroides属やBacteroidales S24-7 groupに属する菌が特異的に増殖すること、また短鎖脂肪酸の産生量が増加することがわかった。さらに、マウスへEPSを投与した場合でも、腸内や血中で短鎖脂肪酸濃度が顕著に増加することを見出した。
その結果、即時的なEPS投与による耐糖能の増強と、長期的なEPS投与により、高脂肪食誘導性肥満の症状が劇的に改善すること、そして、EPSを腸内細菌が利用して作られる短鎖脂肪酸が、この作用に寄与することを、腸内細菌を保有しない無菌マウスや短鎖脂肪酸受容体欠損マウス(Gpr41-/-Gpr43-/-)を用いて明らかにした。
Bacteroides属やBacteroidales S24-7 group定着マウス、EPS摂取でプロピオン酸産生を亢進
次に、EPS長期摂取による腸内環境への影響を評価した結果、対照群と比較して、腸内細菌Bacteroidetes門に属する、Bacteroides属やBacteroidales S24-7 groupの種レベルでの増加を観察。さらに、EPSの摂取は短鎖脂肪酸の中でも、特にプロピオン酸を顕著に増加させることが明らかとなったため、特定の腸内細菌を移植したノトバイオートマウスを作出し、プロピオン酸産生に関与する腸内細菌種の同定を検討した。その結果、Bacteroides属やBacteroidales S24-7 groupを定着させたノトバイオートマウスはEPS摂取によって、顕著にプロピオン酸産生を亢進した。
機能性発酵食品や血糖上昇抑制・肥満予防のシンバイオティクス乳酸菌に期待
今回の研究により、L. mesenteroidesが産生する菌体外多糖EPSの摂取は、腸内細菌の構成を変化させ、主要な腸内細菌代謝物である短鎖脂肪酸(主にプロピオン酸)の産生を促進することを明らかにした。さらに、宿主側の短鎖脂肪酸受容体を介して、エネルギー代謝調節に関与することを確認した。また、EPSを利用し、短鎖脂肪酸を産生することができる腸内細菌種として、Bacteroides属とBacteroidales S24-7 groupであることを同定した。このように、L. mesenteroidesは、ポストバイオティクス成分EPSを介してプレバイオティクス効果をも発揮できるシンバイオティクス乳酸菌として、さらなる応用が期待される。
また、ポストバイオティクス成分EPS自体を肥満・糖尿病に代表される代謝性疾患予防・治療のためのサプリメント・機能性食品素材として応用することも期待される。「加えて、食品そのものの観点において、L.mesenteroidesが漬物・キムチなどのスターター乳酸菌であること、EPS産生の基質として砂糖を利用することから、EPS産生量を高めた機能性発酵食品への応用開発、さらには砂糖含有食品摂取時の血糖上昇抑制・肥満予防のためのシンバイオティクス乳酸菌として、L. mesenteroidesのさらなる応用もまた期待される」と、研究グループは述べている。
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