心不全と深く関係するミトコンドリアエネルギー産生能の低下
北海道大学は10月13日、マウスモデルを用い、慢性心不全における心筋ミトコンドリアエネルギー産生能低下の主原因となる代謝変化を捉えることに世界ではじめて成功したと発表した。この研究は、同大の佐邊壽孝名誉教授(前大学院医学研究院教授、現遺伝子病制御研究所客員教授)、同大学大学院医学研究院客員研究員、北翔大学生涯スポーツ学部准教授の髙田真吾氏、九州大学大学院医学研究院の絹川真太郎准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「米国アカデミー紀要」オンライン版に掲載されている。
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心不全は日本をはじめ先進諸国において死因の上位を占める。数多くの心不全治療薬がすでに存在し市販されているが、この10年間以上にわたり患者生存率(特に老齢者)はほとんど改善していない。そのため、画期的な心不全治療法の開発は喫緊の課題とされている。
ミトコンドリアはエネルギー産生の中核であり、ミトコンドリアエネルギー産生能の低下や障害は心不全発症と深く関係している。急性心不全でエネルギー関連代謝に発生する変化は最近明らかにされたが、慢性心不全におけるエネルギー関連代謝に関しては不明な点が多く残されている。特に、エネルギー産生能低下との因果関係を示した研究成果はこれまでなかった。
そこで研究グループは、慢性心不全治療に新機軸を提示することを目的に、慢性心不全における心筋ミトコンドリアエネルギー関連代謝変化、並びに、当該変化と心筋ミトコンドリアエネルギー産生能低下との因果関係に関する研究を行った。
心不全マウスおよび対照マウスのTCA回路代謝中間体を解析
慢性心不全モデルとして、左冠状動脈の一部を結紮し、心筋梗塞を起こさせたマウスが広く用いられている。また対照として、左冠状動脈を挟んで糸は通すが結紮していないマウスが用いられている。今回の研究では、このモデルと対照を用いて実験を行った。
ミトコンドリアに存在するTCA回路は、酸化的リン酸化によるATP産生の中核である。まず、冠状動脈結紮後28日目の慢性心不全(以下、心不全)を呈したマウスと非結紮28日目の対照マウスから単離した心筋ミトコンドリアを用い、TCA回路代謝中間体を定量解析した(梗塞部やその周辺領域は解析から排除)。変化した代謝中間体を同定した後、関連する代謝産物の定量解析、並びに、酵素量の発現変化をwestern blot法によって解析。なお、動物実験は同大の該当する委員会にて承認されており、動物愛護法令を遵守して行われた。
サクシニルCoA、心不全マウスで有意に低下
心不全マウス心筋では非結紮対照群心筋に比べ、TCA回路代謝中間体の中でサクシニルCoAだけが統計的に有意な量的低下を示した。心不全マウス心筋ミトコンドリアで酸化的リン酸化能が低下していることは以前報告していたが、今回の実験においても確認された。
心不全マウス心筋から単離したミトコンドリアにサクシニルCoAを添加すると、酸化的リン酸化能は対照マウス心筋ミトコンドリアと同程度まで回復。一方、対照マウス心筋ミトコンドリアはこのような反応は示さず、高濃度サクシニルCoAに対し酸化的リン酸化能は低下した。両者の間で、この回復には統計的有意差が認められた。サクシニルCoAは加水分解しやすくサクシネートになり得るが、サクシネートを用いて同様の実験を行ったところ変化はなかった。
5-ALA摂取後に心不全マウスのミトコンドリアエネルギー産生能が回復
サクシニルCoAにはTCA回路以外にもいくつかの代謝経路が関係し、その生合成と消費が行われる。心不全マウス心筋ミトコンドリアを用い、サクシニルCoA関連代謝物と酵素群全てを調べたところ、統計的有位差を持って変動するものとしないものがあることがわかった。
ヘム合成やケトリシスはサクシニルCoAを消費するが、心不全マウス心筋では対照群に比べて統計的有意に亢進していることも判明した。ケトリシスはサクシニルCoAを消費するが、その後にサクシニルCoA合成に使われる。ヘムはミトコンドリア酸化的リン酸化の中核であり、グリシンと5-アミノレブリン酸(5-ALA)の縮合物である。冠状動脈結紮直後からマウスに一定量の5-ALAを日々飲ませたところ、結紮後28日目における心筋ミトコンドリア酸化的リン酸化能、心機能、全身運動能、生存性において統計的に有意な回復を認めた。一方、非結紮マウスでは有意な変化は見られなかった。
サクシニルCoAはタンパク質サクシニル化の原料でもある。多くのミトコンドリアタンパク質はサクシニル化されるが、全てのミトコンドリアタンパク質に関してサクシニル化レベルを半定量解析したところ、心不全マウス心筋ミトコンドリアにおいて複雑な変化を呈し、サクシニルCoA添加によってはほとんど元に戻らなかった。
ヒト心不全でもサクシニルCoA関連酵素群の変化
一連の研究成果は、サクシニルCoA量低下が心不全マウス心筋ミトコンドリアエネルギー産生能低下の主原因であること、この低下は過剰なヘム合成が主因と考えられること、5-ALA添加はミトコンドリアエネルギー産生を有意に回復させ、心不全進行を抑制することを実験実証した。マウスで見出されたサクシニルCoA関連酵素群の変化は、ヒト心不全に関するデータベースにおいても見られた。
「栄養的介入による慢性心不全治療開発」の妥当性示す
研究により、心不全心筋エネルギー産生低下の主原因を明らかにし、5-ALAが有意な改善効果を持ち得ることが実験実証された一方、タンパク質サクシニル化のように心不全で一旦乱れたものは容易には回復できないことも明らかになった。
5-ALAはサプリメントとして市販されているが、ほとんどの場合、鉄剤も含んでいる。5-ALAと鉄剤との併用はヘム合成を亢進させ、このことによってミトコンリア酸化的リン酸化能を促進する可能性が指摘されている。一方、心不全心筋ミトコンドリアではすでにヘム合成が亢進しており、このことは用いたモデルマウスでも見られた。過剰なヘム合成は活性酸素発生の原因となり、心不全を悪化させることはよく知られている。今回の研究では5-ALA単独を用いており、ヘム合成を促進することはなかった。
現在、さまざまな治療薬が開発され臨床で使われているが、心不全患者数は今後ますます増加すると考えられている。今回の研究成果は栄養的介入による心不全治療の妥当性と有効性に関し、医学的生化学的裏付けを与えるもの。また、栄養的介入という、より自然な心不全治療薬開発に対し学問的妥当性を担保し得るものともいえる。
一方、アセチル化をはじめヒストンアシル修飾はエピゲノム制御の中核である。一連のアシルCoA化合物は代謝的につながっている。心筋において、サクシニルCoAがアシルCoA群の中で最も多い。「サクシニルCoAの変化が心筋エピゲノム制御にどのような影響を与えるのか、今後の研究の発展が期待される」と、研究グループは述べている。
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・北海道大学 プレスリリース