脈絡膜毛細血管板の維持機能に着目、眼軸長伸長が引き起こされる仕組みを解析
慶應義塾大学は9月12日、網膜色素上皮由来の血管内皮増殖因子(VEGF)の軸性近視に関わる機能を明らかにしたと発表した。この研究は、同大医学部眼科学教室の坪田一男名誉教授(株式会社坪田ラボCEO)、栗原俊英専任講師、同大大学院医学研究科博士課程3年生の張琰氏、丁憲煜特任助教らの研究グループによるもの。研究成果は、「PNAS Nexus」に掲載されている。
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近視の有病率の増加につれ、発症に関わる要因と、近視進行抑制や予防法に対する関心が高まっている。近年の研究により、脈絡膜は眼の発達と恒常性維持に重要であることが指摘されており、脈絡膜の菲薄化は近視の構造的特徴であることが示されている。脈絡膜の厚さと眼軸長の間に負の相関があることから、脈絡膜の厚さの変化が眼軸長伸長の予測バイオマーカーである可能性が示唆されている。研究グループのマウス近視モデルを用いたこれまでの研究でも、近視進行とともに脈絡膜の菲薄化が生じることが示されている。しかし、脈絡膜の近視の発症や進行に関与する詳細なメカニズムは明らかになっていない。
脈絡膜は血管が豊富な網膜の外側を覆う組織で、網膜の細胞へ酸素や栄養を供給し、眼の恒常性維持に寄与している。研究グループは今回、網膜と脈絡膜の間に位置する網膜色素上皮(RPE)細胞が、血管内皮増殖因子(VEGF)を分泌することで、脈絡膜の最も内側に位置する脈絡膜毛細血管板を維持する生理的機能に着目し、眼軸長伸長が引き起こされるメカニズムの解明を行った。
近視眼でみられる眼軸長の伸長は脈絡膜の菲薄化により進行、モデルマウスで確認
低密度リポタンパク受容体関連タンパク質2(Lrp2)遺伝子異常は、臨床的にも実験的にも強度近視を引き起こすことが知られている。
同研究では、神経網膜ではなくRPE細胞で特異的にLrp2遺伝子をノックアウトさせるとVegf遺伝子発現が低下し、眼軸が非常に長くなること、つまり近視が進行することを見出した。また、眼軸長伸長、屈折度の近視化とともに、脈絡膜厚の菲薄化が起こることも判明した。
RPE細胞のVegf発現低下で脈絡膜が菲薄化し、近視が進行
そこで、RPE細胞におけるVegf遺伝子の発現量で屈折度が変化するかを検討すべく、RPE細胞特異的なVegf遺伝子ノックアウトマウスとともにVegf遺伝子発現亢進を促すフォン・ヒッペル・リンドウ(Vhl)遺伝子ノックアウトマウスを作成した。Vegfノックアウトマウスでは、脈絡膜毛細血管板の喪失とともに脈絡膜の菲薄化が観察され、研究グループが開発したレンズ誘導近視モデルマウスと同程度に、眼軸長伸長と屈折度の近視化を示した。
一方、Vegfを過剰発現するVhlノックアウトマウスでは、脈絡膜毛細血管板の拡張、脈絡膜の肥厚とともに眼軸長伸長の抑制が見られた。これらの結果から、RPE細胞のVegf発現量が脈絡膜厚と眼軸長を規定していることが示唆された。
成人強度近視患者で、脈絡膜毛細血管板の欠失は眼軸長伸長を促進
強度近視では、成人後も眼軸長が伸長し続けることが知られている。そこで、同大病院眼科外来における強度近視患者の眼軸長伸長程度を検討した。その結果、脈絡膜毛細血管板が非常に薄い強度近視患者は観察期間中、脈絡膜毛細血管板が維持されている患者よりも有意に長く眼軸長が伸長していることが明らかになった。
VEGFの適切な制御が、新たな軸性近視の進行予防・治療法となる可能性
今回の研究成果により、RPE細胞から分泌されるVEGFによる脈絡膜の構造維持が眼軸長伸長、つまり、軸性近視の進行抑制に関与し、近視進行抑制を考える上で脈絡膜毛細血管板の維持が重要な役割を果たすことが示唆された。現在、加齢黄斑変性や糖尿病網膜症などの血管新生性網膜疾患に対する治療法として抗VEGF薬が広く用いられており、VEGFは治療の対象となっている。
「眼軸長の正常発達においてVEGFによる脈絡毛細血管板の維持が必要であることが明らかとなったことで、VEGFの適切な制御が新たな軸性近視の進行予防と治療法となることが期待できる」と、研究グループは述べている。
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